このページの本文へ移動
こどものページ > こどものページ > としょかんこどもきょうどしりょう> 9. 小平(こだいら)はじめて物語(ものがたり)

9. 小平(こだいら)はじめて物語(ものがたり)

図書館(としょかん)・役場(やくば)・おまつり・学校(がっこう)・消防(しょうぼう)・郵便(ゆうびん)・電話(でんわ)・初代(しょだい)

はじめての図書館(としょかん)

おはなし会

小平(こだいら)の図書館(としょかん)第(だい)1号(ごう)は仲町(なかまち)図書館(としょかん)。
(そのころは、小平市(こだいらし)図書館(としょかん)という名(な)まえだった。)1975(昭和(しょうわ)50)年(ねん)5月(がつ)18日(にち)、オープン。よく月(げつ)の6月(がつ)からは、おはなし会(かい)もはじまっているよ。

 

 

はじめての役場(やくば)  借家(しゃくや)からスタート!

ひっこし、ひっこし 1889(明治(めいじ)22)年(ねん)、4月(がつ)17日(にち)、小平村(こだいらむら)が誕生(たんじょう)した。村役場(むらやくば)は小川(おがわ)新田(しんでん)熊野宮(くまのぐう)の敷地(しきち)の書院(しょいん)をかりて、ひらいたんだ。仕事場(しごとば)はひと間(ま)っきり。
そして1912(明治(めいじ)45)年(ねん)9月(がつ)2日。今(いま)の仲町(なかまち)公民館(こうみんかん)の場所(ばしょ)に村役場(むらやくば)が完成(かんせい)。
さらに1964(昭和(しょうわ)39)年(ねん)3月(がつ)30日(にち)、市役所(しやくしょ)は今(いま)の中央(ちゅうおう)図書館(としょかん)・公民館(こうみんかん)の場所(ばしょ)にひっこした。この時(とき)の庁舎(ちょうしゃ)って地上(ちじょう)2階(かい)、地下(ちか)1階(かい)。
今(いま)の住所(じゅうしょ)(小川町(おがわちょう)2-1333)にひっこしたのは、1983(昭和(しょうわ)58)年(ねん)2月(がつ)14日(か)のことだったよ。
西武(せいぶ)多摩湖線(たまこせん)をはさんで中央(ちゅうおう)図書館(としょかん)のまむかいだ。
こういうじゅんにひっこしました

みんなのおまつり

なつかしーい 市民(しみん)まつりの前(まえ)に「町民祭」というのをやっていたんだよ。町民祭のはじめては1951(昭和(しょうわ)26)年(ねん)11月(がつ)。公民館(こうみんかん)や役場(やくば)の会議室(かいぎしつ)を会場(かいじょう)に、20、21日(にち)は文化展(ぶんかてん)と産業展(さんぎょうてん)。23日(にち)には町民(ちょうみん)みんなの体育会(たいいくかい)。部落(ぶらく)対抗(たいこう)の競技(きょうぎ)もあったし、仮装(かそう)行列(ぎょうれつ)もあった。
市民(しみん)まつりのはじめては1976(昭和(しょうわ)51)年(ねん)10月(がつ)3日(みっか)。「わたしたちのふるさとづくり」をテーマにあかしあ通(どお)りで。
1982(昭和(しょうわ)57)年(ねん)には「小平(こだいら)市民(しみん)まつりの歌(うた)」ができた。みんなからよせられた作品(さくひん)がえらばれ、この年(とし)8月(がつ)8日(ようか)に発表(はっぴょう)された。
  1.  みんな集(あつ)まれ  集(あつ)まった

      明(あか)るい光(ひかり)の  まつりの広場(ひろば)
      空(そら)の青(あお)さも  輝(かがや)いて
      小平市民(こだいらしみん)の  歓声(かんせい)だ
      (3番(ばん)まであるよ)

学校(がっこう)いちばんのり!

大学(だいがく) は、小川村(おがわむら)小川(おがわ)字(あざ)鷹野(たかの)街道(かいどう)外(そと)にひっこして来(き)た津(つ)田(だ)塾(じゅく)大学(だいがく)。1931(昭和(しょうわ)6)年(ねん)9月(がつ)15日(にち)から授業(じゅぎょう)がはじまった。
お花へみずやり 短期(たんき)大学(だいがく) は、恵泉(けいせん)女子(じょし)学園(がくえん)短期(たんき)大学(だいがく)(園芸科(えんげいか))が1950(昭和(しょうわ)25)年(ねん)4月(がつ)、鈴木(すずき)新田(しんでん)にできる。日本(にっぽん)でただひとつの女子(じょし)のための園芸(えんげい)大学(だいがく)だった。昭和(しょうわ)40年(ねん)には神奈川県(かながわけん)にひっこしてしまったけれど、鈴木(すずき)町(ちょう)1丁目(ちょうめ)の防衛庁(ぼうえいちょう)官舎(かんしゃ)前(まえ)には“恵泉(けいせん)通(どお)り”という道(みち)の名(な)まえが残(のこ)っている。
高校(こうこう) は、拓殖(たくしょく)大学(だいがく)附属(ふぞく)第(だい)一(いち)高校(こうこう)。1950(昭和(しょうわ)25)年(ねん)3月(がつ)1日(ついたち)、所沢(ところざわ)から野中(のなか)新田(しんでん)与右衛門組(よえもんぐみ)にひっこしてきた。このころは正明(せいめい)高等(こうとう)学校(がっこう)といったよ。
中(ちゅう)学校(がっこう) は、小平(こだいら)第(だい)一中(ちゅう)学校(がっこう)。1947(昭和(しょうわ)22)年(ねん)4月(がつ)26日(にち)に開校(かいこう)宣言式(せんげんしき)。
小(しょう)学校(がっこう) は「こどもきょうどしりょうNo.8『わたしたちの学校(がっこう)』」を読(よ)んでみてネ!
ぼくたちもまぜてー幼稚園(ようちえん) は小平(こだいら)学園(がくえん)幼稚園(ようちえん)が最初(さいしょ)。1948(昭和(しょうわ)23)年(ねん)4月(がつ)、小平(こだいら)学園(がくえん)東区(ひがしく)にできた。
保育園(ほいくえん) は、1945(昭和(しょうわ)20)年(ねん)3月(がつ)、小川(おがわ)一番(ばん)に東京都(とうきょうと)小平(こだいら)戦時(せんじ)託児所(たくじじょ)という施設(しせつ)がひらかれている。
その後(ご)東京都立(とうきょうとりつ)小平(こだいら)保育園(ほいくえん)となり、1970(昭和(しょうわ)45)年(ねん)9月(がつ)1日(ついたち)、小平市(こだいらし)に渡(わた)され、市立(しりつ)小川(おがわ)西(にし)保育園(ほいくえん)となった。
ちなみに、市立(しりつ)保育園(ほいくえん)のはじめては、1963(昭和(しょうわ)38)年(ねん)2月(がつ)1日(ついたち)にひらかれた大沼(おおぬま)保育園(ほいくえん)。

 

消火(しょうか)はおまかせ

1947(昭和(しょうわ)22)年(ねん)4月(がつ)小平(こだいら)町(まち)消防団(しょうぼうだん)できる。第(だい)9分団(ぶんだん)まであって、地元(じもと)を守(まも)ってるよ。しょうぼうしゃ
1978(昭和(しょうわ)53)年(ねん)11月(がつ)1日(ついたち)、小平(こだいら)消防署(しょうぼうしょ)、ひらかれる。
 

はじめて郵便(ゆうびん)・はじめて電話(でんわ)

1881(明治(めいじ)14)年(ねん)4月(がつ)より前(まえ)に森田(もりた)蔦吉(つたきち)さんの名(な)で、小川(おがわ)郵便局(ゆうびんきょく)がひらかれていたことはたしか。(ただし年(ねん)月日(がっぴ)まではわからない。)ハロー
1882(明治(めいじ)15)年(ねん)10月(がつ)27日(にち)に郵便局(ゆうびんきょく)は小川村(おがわむら)の名主(なぬし)だった小川(おがわ)弥次郎(やじろう)さんの家(いえ)にうつされた。
電報(でんぽう)・電話(でんわ)   1921(大正(たいしょう)10)年(ねん)7月(がつ)11日(にち)から小川(おがわ)郵便局(ゆうびんきょく)で電報(でんぽう)の配達(はいたつ)と電話(でんわ)の仕事(しごと)がはじまった。郵便局(ゆうびんきょく)で電話(でんわ)のうけつぎをしていたんじゃないかな。みんなの家(いえ)に電話(でんわ)を入(い)れる仕事(しごと)がはじまったのは1930(昭和(しょうわ)5)年(ねん)3月(がつ)26日(にち)。

わたしが初代(しょだい)です

小川睦郎さん村長(そんちょう)
斉藤(さいとう)忠輔(ちゅうすけ)さん。1889(明治(めいじ)22)年(ねん)5月(がつ)16日(にち)から。廻(めぐ)り田(た)新田(しんでん)の名主(なぬし)さんで、第(だい)三小(しょう)学校(がっこう)の前身(ぜんしん)、私立(しりつ)桜蔭(おういん)学校(がっこう)は、明治(めいじ)13年(ねん)、この人(ひと)の屋敷内(やしきない)につくられたんだよ。
町長(ちょうちょう)
小野(おの)熊(くま)太郎(たろう)さん。1944(昭和(しょうわ)19)年(ねん)2月(がつ)から。小川(おがわ)五番(ばん)の出身(しゅっしん)だよ。
市長(しちょう)
小川(おがわ)睦郎(むつろう)さん。1962(昭和(しょうわ)37)年(ねん)10月(がつ)1日(ついたち)から。
小川(おがわ)さんは1947(昭和(しょうわ)22)年(ねん)4月(がつ)におこなわれた公選(こうせん)による初(はじ)めての町長(ちょうちょう)でもあった。
1947(昭和(しょうわ)22)年(ねん)~1967(昭和(しょうわ)42)年(ねん)まで戦後(せんご)の復興(ふっこう)と経済(けいざい)成長(せいちょう)という変化(へんか)の大(おお)きい20年間(ねんかん)、町長(ちょうちょう)・市長(しちょう)をつとめた。名誉(めいよ)市民(しみん)第(だい)2号(ごう)でもある。

施設(しせつ)・神社(じんじゃ)・お寺(てら)・姉妹(しまい)都市(とし)・名誉(めいよ)市民(しみん)・市(し)のマーク・歌(うた)・木(き)・花(はな)・会社(かいしゃ)

いろいろな施設(しせつ)のはじめて…

昭和(しょうわ)病院(びょういん)  1929(昭和(しょうわ)4)年(ねん)7月(がつ)17日(にち)、できる。
小金井(こがねい)ゴルフ場(じょう)  1937(昭和(しょうわ)12)年(ねん)10月(がつ)3日(か)、できる。
東京都(とうきょうと)薬用(やくよう)植物園(しょくぶつえん)  1945(昭和(しょうわ)20)年(ねん)9月(がつ)、できる。
関東(かんとう)管区(かんく)警察(けいさつ)学校(がっこう)  1947(昭和(しょうわ)22)年(ねん)1月(がつ)できる。当時(とうじ)は東京(とうきょう)地方(ちほう)警察(けいさつ)学校(がっこう)という名(な)まえだった。
東京都立(とうきょうとりつ)小平(こだいら)霊園(れいえん)  1948(昭和(しょうわ)23)年(ねん)7月(がつ)できる。
自衛隊(じえいたい)  1954(昭和(しょうわ)29)年(ねん)4月(がつ)、ひっこしてくる。当時(とうじ)は陸上(りくじょう)・海上(かいじょう)・航空(こうくう)自衛隊(じえいたい)の幹部(かんぶ)学校(がっこう)。今(いま)は、陸上(りくじょう)自衛隊(じえいたい)の駐(ちゅう)とん地(ち)。
小平(こだいら)保健所(ほけんじょ)  1966(昭和(しょうわ)41)年(ねん)4月(がつ)1日(ついたち)、できる。
小平(こだいら)警察署(けいさつしょ)  1969(昭和(しょうわ)44)年(ねん)10月(がつ)24日(にち)できる。

神社(じんじゃ)はじめて

1654(承応(じょうおう)3)年(ねん)  小川村(おがわむら)にできた日吉(ひえ)山王社(さんのうしゃ)(今の日枝神社)といわれているんだけどね…

お寺(てら)はじめて

1956(明暦めいれき2)年ねん小川村おがわむらにできた小川寺しょうせんじぼんしょう

 

よろしくね!姉妹都市(しまいとし)

小平町のマーク 1978(昭和(しょうわ)53)年(ねん)7月(がつ)1日(ついたち)、北海道(ほっかいどう)小平(おびら)町(ちょう)と姉妹都市(しまいとし)になった。
「おびら」とはアイヌ語(ご)の「オビラウシュベツ」(入口(いりぐち)に崖(がけ)のあるところ)からとったそうだ。面積(めんせき)は小平(こだいら)の約(やく)30倍(ばい)。町(まち)の花(はな)はエゾつつじ。町(まち)の木(き)はイチイ。特産物(とくさんぶつ)はアイボリーメロン、ほたて貝(がい)、たこ、など。

名誉(めいよ)市民(しみん)第(だい)1号(ごう)

平櫛田中さん それは木彫(もくちょう)界(かい)の巨匠(きょしょう)、平櫛(ひらくし)田中(でんちゅう)さん。
1972(昭和(しょうわ)47)年(ねん)10月(がつ)1日(ついたち)の市制(しせい)10周年(しゅうねん)、田中(でんちゅう)さんが満(まん)100さいの時(とき)のこと。(木彫(もくちょう)って、木(き)の彫刻(ちょうこく)のことだよ。)
本名(ほんみょう)は、平櫛(ひらくし)倬(たく)太郎(たろう)。明治(めいじ)5年(ねん)6月(がつ)30日(にち)、岡山県(おかやまけん)生(う)まれ。岡倉(おかくら)天心(てんしん)(日本(にっぽん)近代(きんだい)美術(びじゅつ)の基礎(きそ)を築(きず)いた人(ひと))や高村(たかむら)光雲(こううん)(詩人(しじん)高村(たかむら)光太郎(こうたろう)のお父(とう)さんで彫刻家(ちょうこくか))を先生(せんせい)とし、禾山(かざん)老師(ろうし)(臨済禅(りんざいぜん)の僧(そう))の影響(えいきょう)を受(う)け、木彫(もくちょう)一筋(ひとすじ)に生(い)きた。
日本(にっぽん)芸術院(げいじゅついん)会員(かいいん)、東京(とうきょう)芸術(げいじゅつ)大学(だいがく)教授(きょうじゅ)、文化(ぶんか)勲章(くんしょう)受賞者(じゅしょうしゃ)……(まだつづくけど書(か)ききれない。)
「気楽坊」 1979(昭和(しょうわ)54)年(ねん)12月(がつ)30日(にち)、107さいと6ヵ月(げつ)で亡(な)くなったが、むこう30年間(ねんかん)分(ぶん)の木彫(もくちょう)用(よう)の木(き)を庭(にわ)に残(のこ)していたのは有名(ゆうめい)な話(はなし)。口(くち)ぐせは「いまやらねばいつできる。わしがやらねばだれがやる。」
代表作(だいひょうさく)「鏡(かがみ)獅子(じし)」は20年(ねん)あまりの年月(ねんげつ)をかけて完成(かんせい)。国立(こくりつ)劇場(げきじょう)にかざられている。
→見(み)ているだけで楽(たの)しくなる「気楽坊(きらくぼう)」という作品(さくひん)。

これが小平市(こだいらし)のマーク

小平市のマーク 1959(昭和(しょうわ)34)年(ねん)8月(がつ)1日(ついたち)の町報(ちょうほう)に「小平(こだいら)町章(ちょうしょう)募集(ぼしゅう)」のおしらせがのった。
全国(ぜんこく)から1,000点(てん)以上(いじょう)の応募(おうぼ)があって、選(えら)ばれたのは仙台市(せんだいし)の角田さんの作品(さくひん)。この年(ねん)、11月(がつ)22日(にち)の産業展(さんぎょうてん)で決定(けってい)!
これ、「小平(こだいら)」の字(じ)をデザイン化(か)したもの。
安定感(あんていかん)があって、線(せん)の太(ふと)い力強(ちからづよ)さがある。左右(さゆう)にのびる翼(つばさ)は、平和(へいわ)と協調(きょうちょう)・発展(はってん)をあらわしている。
 

La(ら)La(ら)La(ら)…City(してぃ)  Song(そんぐ)

元気よく!1954(昭和(しょうわ)29)年(ねん)5月(がつ)15日(にち)、小平市(こだいらし)の歌(うた)は町制(ちょうせい)10周年(しゅうねん)を記念(きねん)して作(つく)られた。
勝(かつ)  承夫(よしお)  作詞(さくし)
 
下総(しもふさ)  皖一(かんいち)  作曲(さっきょく)
  1. みどり綾(あや)なす  はてなき大地(だいち)
    みのる武蔵野(むさしの)  希望(きぼう)の広場(ひろば)
    つねにのびゆく  小平(こだいら)は
    理想(りそう)つらぬく  開拓(かいたく)の
    歴史(れきし)を誇(ほこ)る  こころの故郷(こきょう)
  1. 花(はな)をうつして  流(なが)れよ清水(しみず)
    夢(ゆめ)もはるかに  世界(せかい)につづく
    鐘(かね)よ高鳴(たかな)れ  小平(こだいら)は
    若(わか)き力(ちから)の  たぎりたつ
    学園(がくえん)の町(まち)  文化(ぶんか)の泉(いずみ)
  1. かおるそよ風(かぜ)  茶(ちゃ)の花(はな)越(こ)えて
    清(きよ)き富(ふ)士(じ)ヶ根(がね)  輝(かがや)く御嶽(みたけ)
    光(ひかり)みなぎる  小平(こだいら)に
    人等(ひとら)集(あつ)まり  新(あたら)しき
    平和(へいわ)を目(め)ざし  楽(たの)しく進(すす)む
楽譜

市(し)の木(き)・市(し)の花(はな)

明治(めいじ)100年(ねん)にあたる1968(昭和(しょうわ)43)年(ねん)の10月(がつ)1日(ついたち)、市制(しせい)記念日(きねんび)に決(き)められた。みんなのアンケートで決(き)まったんだよ。
ケヤキ 市(し)の木(き) はケヤキ。ニレ科(か)の落葉(らくよう)高木(こうぼく)。扇(おうぎ)を半分(はんぶん)開(ひら)いた形(かたち)で空(そら)をめざして立(た)つ姿(すがた)はのびのびと美(うつく)しい。
4~5月(がつ)、あわい黄緑色(きみどりいろ)の花(はな)を咲(さか)かせる。(高(たか)くてよく見(み)えないけど…)
武蔵野(むさしの)のケヤキは道(みち)しるべ、防風林(ぼうふうりん)(屋敷森(やしきもり))として植(う)えられた。このあたりでは、府中(ふちゅう)の大国魂(おおくにたま)神社(じんじゃ)の参道(さんどう)の並木(なみき)がみごと。
市内(しない)ではもちろん竹内家(たけうちけ)の大(おお)ケヤキだね!
ツツジ 市(し)の花(はな)はツツジ。
小平(こだいら)では古(ふる)くから“田無(たなし)ぎり”として霧島(きりしま)ツツジ、紅(べに)霧島(きりしま)ツツジが栽培(さいばい)されていた。「霧島(きりしま)」は、江戸(えど)時代(じだい)、鹿児島(かごしま)の霧島(きりしま)の山(やま)にひとりでにはえているヤマツツジから作(つく)られた品種(ひんしゅ)。小(こ)ぶりで濃(こ)い紅色(べにいろ)の花(はな)をたくさん咲(さ)かせる。美(うつく)しい花(はな)としん(・・)の強(つよ)さを合(あ)わせもつツツジは市(し)の花(はな)にぴったり。
 

会社(かいしゃ)いろいろ

1958(昭和(しょうわ)33)年(ねん)6月(がつ)  日立(ひたち)製作所(せいさくじょ)武蔵(むさし)工場(こうじょう)できる。
1960(昭和(しょうわ)35)年(ねん)3月(がつ)31日(にち)  ブリジストンタイヤ東京(とうきょう)工場(こうじょう)できる。
1962(昭和(しょうわ)37)年(ねん)6月(がつ)  シルバー精工(せいこう)できる。
 

参考(さんこう)にした本(ほん)

「こだいら町報(ちょうほう)  縮刷版(しゅくさつばん)」町報(ちょうほう)は1951年(ねん)創刊(そうかん)だよ。
「こだいら市報(しほう)  縮刷版(しゅくさつばん)」市報(しほう)は1962年(ねん)10月(がつ)1日から。
「こだいら町誌(ちょうし)」1959年(ねん)8月(がつ)に完成(かんせい)した本(ほん)だ。
「小川家文書目録」1986年(ねん)3月(がつ)31日(にち)発行(はっこう)
「小平(こだいら)事始(ことはじ)め年表(ねんぴょう)・索引(さくいん)(稿(こう))」1991年(ねん)3月(がつ)10日(か)できる。

全部(ぜんぶ)郷土(きょうど)資料室(しりょうしつ)にあるよ。

小平市に関すること

小平市に関することへのメニュー
1.小平市内めぐり 2.小平れきし年表・小平の街道
4.探検!郷土資料室 5.みんなの町のなまえ
6.小平の鉄道の歴史 8.わたしたちの小学校
9.小平はじめて物語 10.戦争と小平
13.小平こだいらの道 14.小平歳時記
15.小平の新田 16.古い地名
19.公園に行こうよ! 26.小平のごちそう うどん
36.ぼくらの町の仕事(1)こだいらの農業 37.ぼくらの町の仕事(2)こだいらの商業

多摩に関すること

多摩に関することへのメニュー
12.多摩戦国絵巻 18.多摩の絹の道 シルクロード
20.風雲!新選組 21.楽しい施設ガイド
25.東京のできるまで 27.神奈川県から東京府へ多摩移管百年うそ?ほんと?クイズ
29.多摩の芸能 32.八王子千人同心多摩をゆく
35.多摩の酒造 39.江戸時代の東京  文化文政(1800年代初め)の三多摩編

江戸・東京に関すること

江戸・東京に関することへのメニュー
23.幸運招来! 東京七福神めぐり 24.東京の水道
28.江戸をたのしむ 30.わたしのまちの木・花・鳥とシンボルマーク
38.江戸時代の東京  文化文政(1800年代初め)の特別区編 40.花の江戸城  Part1
41.花の江戸城  Part2  

玉川上水・小金井桜に関すること

玉川上水・小金井桜に関することへのメニュー
3.玉川上水をしりたい 7.玉川上水とあそぼう!
17.満開!小金井桜 31.野火止用水をゆけば

その他

その他へのメニュー
11.武蔵武士 22.コレラが町にやって来た
33.これが武蔵国だっ! 34.地震にそなえて

掲載日 令和7年8月1日