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13. 小平(こだいら)の道(みち)

こんな道(みち)あんな道(みち)・街路樹(がいろじゅ)のこと

大切な道!

国道(こくどう)  

国(くに)が管理(かんり)。国内(こくない)の大都市(だいとし)をむすぶ。

都道(とどう) 

 東京都(とうきょうと)が管理(かんり)。となりの県(けん)や都内(とない)の大(おお)きなまちの間(あいだ)をつなぐ。

市道(しどう) 

 市(し)が管理(かんり)。国道(こくどう)・都道(とどう)・私道(しどう)以外(いがい)の道路(どうろ)。
私道(しどう)と区別(くべつ)するのに「いちどう」と呼(よ)んだりもする。ぼくたちに一番(いちばん)身近(みぢか)な道(みち)かもね。

私道(しどう) 

 個人(こじん)が持(も)っている道路(どうろ)。市道(しどう)と区別(くべつ)するのに「わたくしどう」と呼(よ)んだりもする。

街路樹(がいろじゅ)のこと…

 並木道ってロマンチック! 道路(どうろ)沿(ぞ)いに木(き)を植(う)えることは、かなり古(ふる)くから行(おこ)なわれていたらしい。
  日本(にっぽん)の場合(ばあい)は、僧侶(そうりょ)のすすめで、中国(ちゅうごく)の制度(せいど)をみならってはじまったようだ。天平(てんぴょう)宝字(ほうじ)3年(ねん)(759)には、街道(かいどう)並木(なみき)を整(ととの)えるための太政(だいじょう)官符(かんぷ)(政府(せいふ)の出(だ)す文書(ぶんしょ))もでている。並木(なみき)は、暑(あつ)さや、寒(さむ)さや、風(かぜ)やチリを防(ふせ)ぎ、人々(ひとびと)が安全(あんぜん)に気持(きも)ちよく旅(たび)をするために大切(たいせつ)なものだったんだよ。
  街路樹(がいろじゅ)が本格的(ほんかくてき)にひろまったのは、西洋(せいよう)文化(ぶんか)がどんどんはいってきた明治(めいじ)時代(じだい)からだ。東京(とうきょう)では、明治(めいじ)6年(ねん)(1873)、銀座(ぎんざ)の道路(どうろ)に松(まつ)と桜(さくら)を植(う)えた。でも、よく育(そだ)たなくて、明治(めいじ)17年(ねん)(1884)、柳(やなぎ)に植(う)えかえた。
  街路樹(がいろじゅ)にむく木(き)の種類(しゅるい)もだんだんと選(えら)び出(だ)されるようになっていった。

 

小平市(こだいらし)の街路樹(がいろじゅ)(「統計書(とうけいしょ)  平成(へいせい)21年版(ねんばん)」参考(さんこう))

ニセアカシア«あかしあ通(どお)り»

ニセアカシアのイラスト
北米(ほくべい)原産(げんさん)の落葉(らくよう)高木(こうぼく)。日本(にっぽん)で最初(さいしょ)に植(う)えられた街路樹(がいろじゅ)のひとつ。風(かぜ)に弱(よわ)く、倒(たお)れたり幹折(みきお)れをしやすいのが欠点(けってん)。

 

 

トウカエデ«上宿小(かみじゅくしょう)通(どお)り、小川駅(おがわえき)東(ひがし)通(どお)り、BS中央(ちゅうおう)通(どお)り、警察(けいさつ)学校北(がっこうきた)通(どお)り»

トウカエデのイラスト
名(な)のとおり、唐(とう)(中国(ちゅうごく))が原産地(げんさんち)。秋(あき)には紅葉(こうよう)する。丈夫(じょうぶ)で土(つち)を選(えら)ばない。

 

サクラ«警察(けいさつ)学校北(がっこうきた)通(どお)り、喜平町(きへいちょう)桜(さくら)通(どお)り、五小入口(しょういりぐち)、玉川(たまがわ)上水(じょうすい)沿(ぞ)いもね!»

サクラのイラスト
数百(すうひゃく)もあるというサクラの種類(しゅるい)。街路樹(がいろじゅ)にはソメイヨシノ、ヤマザクラ、サトザクラなどが使(つか)われる。ソメイヨシノは東京都(とうきょうと)の花(はな)でもあるんだ。花(はな)満開(まんかい)の季節(きせつ)は美(うつく)しいよ。

 

 

アベリア«小平駅(こだいらえき)南口(みなみぐち)広場(ひろば)»

アベリアのイラスト
日本(にっぽん)名(めい)はハナゾノツクバネウツギ。6月(がつ)から10月(がつ)ごろまで、白(しろ)い花(はな)を咲(さ)かせる。高(たか)さ1~2メートルの低木(ていぼく)だが強(つよ)いのだ!

 

 

ケヤキ«一ツ橋(ひとつばし)通(どお)り、小平南高(こだいらみなみこう)西通(にしどお)り、鈴木(すずき)街道(かいどう)»

ケヤキのイラスト
日本(にっぽん)を代表(だいひょう)する落葉(らくよう)高木(こうぼく)。50メートルぐらいになっちゃうのもあるとか。関東(かんとう)の土質(どしつ)にあって、むかしから並木(なみき)や屋敷森(やしきもり)などに使(つか)われていた。天(てん)をめざして伸(の)びる姿(すがた)は力(ちから)強(づよ)い。

 

 

トチ«東部(とうぶ)公園(こうえん)通(どお)り»

トチのイラスト
トチノキは秋(あき)に実(み)をつける。むかし山(やま)の村(むら)ではこのトチの実(み)でトチもちを作(つく)ったり、おかゆにいれたり、食料(しょくりょう)として大切(たいせつ)にされた。落葉(らくよう)高木(こうぼく)。

 

 

他(ほか)にもイチョウ、カシ、ツゲなどなど…ある。

ひとも、車も、いぬも、ねこも通る、みんなの道

道路(どうろ)のニック・ネーム

青梅(おうめ)街道(かいどう)・五日市(いつかいち)街道(かいどう)・小金井(こがねい)街道(かいどう)・東京(とうきょう)街道(かいどう)・村山(むらやま)街道(かいどう)・府中(ふちゅう)街道(かいどう)など、主(おも)な街道(かいどう)は都道(とどう)なんだ。市内(しない)に国道(こくどう)は通(とお)っていない。
道路(どうろ)はね、正式(せいしき)には「市道(しどう)10号(ごう)」…というふうな名前(なまえ)がついているんだって。
小平(こだいら)では、昭和(しょうわ)47年(ねん)(1972)10月(がつ)1日(ついたち)、市制(しせい)10周(しゅう)年(ねん)の時(とき)、市道(しどう)にニック・ネーム(愛称(あいしょう))をつけたよ。
きみがよく歩(ある)く道(みち)は、みつかったかな?

道路のニック・ネーム

その後(ご)追加(ついか)されたニック・ネーム

下(した)の地図(ちず)の○(まる)の番号(ばんごう)と合(あ)わせつつ、読(よ)んでちょうだい!
追加されたニック・ネーム

  1. 薬草園(やくそうえん)東(ひがし)通り
  2. 二中(ちゅう)東(ひがし)通り
  3. 六小(しょう)北(きた)通り
  4. 十五小(しょう)通り
  5. 上水(じょうすい)新町(しんまち)通り
  6. 小川(おがわ)東(ひがし)グラウンド通り
  7. 四小(しょう)東(ひがし)通り
  8. 一橋大(ひとつばしだい)南(みなみ)通り
  9. 田中館(でんちゅうかん)東(ひがし)通り
  10. 家畜(かちく)衛生(えいせい)北(きた)通り
  11. 小平(こだいら)南高(みなみこう)西(にし)通り
  12. 小平(こだいら)南高(みなみこう)東(ひがし)通り
  13. 上水(じょうすい)中学(ちゅうがく)通り
  14. 十四小(しょう)通り
  15. 小平(こだいら)高校(こうこう)東(ひがし)通り
  16. あじさい公園(こうえん)通り
  17. 天神(てんじん)地域(ちいき)センター通り
  18. 恵泉(けいせん)通り
  19. 喜平町(きへいちょう)桜(さくら)通り
  20. 日立(ひたち)電子(でんし)通り
  21. 武蔵(むさし)公園(こうえん)通り
  22. 花(はな)小金井(こがねい)公民館(こうみんかん)通り
  23. 花(はな)小(しょう)通り

ほかにもBS(びーえす)中央(ちゅうおう)通り、学園坂(がくえんざか)通り、東(とう)ガス西(にし)通り……などなど。
書(か)ききれないよ~っ。

高村光太郎の「道程」でしょー!

道(みち)に歴史(れきし)あり

「僕(ぼく)の前(まえ)に道(みち)はない  僕(ぼく)の後(うし)ろに道(みち)はできる」という詩(し)があるけれど…道(みち)って築(きず)かれていくものなんだねえ…。

昭和(しょうわ)35年(ねん)(1960)には、小平(こだいら)町の道路(どうろ)は119本(ほん)。きょりは95キロメートル。そのうち9割(わり)以上(いじょう)が砂利(じゃり)道(みち)だった。平成(へいせい)3年(ねん)(1991)現在(げんざい)、市道(しどう)の数(かず)は480。きょりは158キロメートル。ほとんどはコンクリートやアスファルトで舗装(ほそう)されている。

小平(こだいら)の主要(しゅよう)道路(どうろ)である府中(ふちゅう)街道(かいどう)がコンクリート舗装(ほそう)になったのは、昭和(しょうわ)29年(ねん)(1954)11月(がつ)3日(みっか)。五日市(いつかいち)街道(かいどう)が舗装(ほそう)されたのは、同(おな)じ月(つき)の15日(にち)。

市民(しみん)まつりでおなじみの「あかしあ通(どお)り」が全線(ぜんせん)開通(かいつう)したのは昭和(しょうわ)46年(ねん)(1971)4月(がつ)3日(みっか)。これで青梅(おうめ)街道(かいどう)と五日市(いつかいち)街道(かいどう)は結(むす)ばれたし、西武線(せいぶせん)小平駅(こだいらえき)とJR(じぇいあーる)の武蔵(むさし)小金井(こがねい)駅(えき)も結(むす)ばれた。

西武多摩湖線(たまこせん)・一橋(ひとつばし)学園(がくえん)駅(えき)南口(みなみぐち)の一ツ橋(ひとつばし)通(どお)りは、昭和(しょうわ)49年(ねん)(1974)に歩道(ほどう)が完成(かんせい)。その年(ねん)、5月(がつ)5日(いつか)にはお祝(いわ)いの子(こ)ども祭(まつ)りをしたんだって。おみこし、鈴木(すずき)ばやしや自衛隊(じえいたい)の音楽(おんがく)隊(たい)のパレードも登場(とうじょう)した。

小平(こだいら)グリーンロード

昭和(しょうわ)55年(ねん)(1980)からはじまった「グリーンロードづくり」で小平(こだいら)のまわりはぐるりと緑(みどり)の散歩道(さんぽみち)。一周(いっしゅう)すると21キロメートルだ。
グリーンロード

玉川たまがわ上水じょうすい緑道りょくどう

玉川(たまがわ)上水(じょうすい)は江戸(えど)時代(じだい)につくられた、羽村(はむら)から四谷(よつや)大木戸(おおきど)まで約(やく)43キロメートルの水路(すいろ)。小平(こだいら)を走(はし)る8キロメートルの区間(くかん)には、雑木林(ぞうきばやし)あり、桜(さくら)あり。

 

野火止のびどめ用水ようすい緑道りょくどう

野火止(のびどめ)用水(ようすい)は、別名(べつめい)「伊豆(いず)殿掘(どのぼり)」。老中(ろうじゅう)松平(まつだいら)伊豆守(いずのかみ)信綱(のぶつな)が小川(おがわ)村(むら)から野火止(のびどめ)(埼玉県(さいたまけん)新座市(にいざし))まで作(つく)った24キロメートルの水路(すいろ)。“ふれあい橋(ばし)”“どんぐり橋(ばし)”“ほのぼの橋(ばし)”“さいわい橋(ばし)”とかかる橋(はし)の名(な)が良(よ)いのだ。

 

狭山さやま・境さかい緑道りょくどう

山口(やまぐち)・村山(むらやま)貯水池(ちょすいち)(狭山湖(さやまこ)・多摩湖(たまこ))から、東京(とうきょう)の人々(ひとびと)のため、境(さかい)浄水場(じょうすいじょう)に水(みず)を運(はこ)ぶ水道(すいどう)道路(どうろ)として作(つく)られた。花(はな)小金井(こがねい)駅(えき)東(ひがし)から小平駅(こだいらえき)近(ちか)くの3キロメートルの間(あいだ)は、ソメイヨシノ240本(ほん)の桜(さくら)の道(みち)。昭和(しょうわ)52年(ねん)(1977)から5年(ねん)かけて市民(しみん)が植(う)えたものなんだ。

参考(さんこう)にした本(ほん)

「統計書(とうけいしょ)」

「市勢(しせい)概要(がいよう)」

「市勢(しせい)要覧(ようらん)」

「小平市長期(ちょうき)総合(そうごう)計画(けいかく)」

「市報(しほう)こだいら縮刷版」

「小平(こだいら)事始(ことはじ)め年表(ねんぴょう)索引(さくいん)(稿(こう))

「Tokyo(トウキョウ)街路樹(がいろじゅ)マップ1990」

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掲載日 令和7年8月1日