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29. 多摩(たま)の芸能(げいのう)

民俗(みんぞく)芸能(げいのう)とは

芸能ってこういうやつ?そこでくらす人(ひと)たちが代々(だいだい)受(う)けつぎ、伝(つた)えてきた音楽(おんがく)や踊(おど)りやお芝居(しばい)なんかをまとめて「民俗芸能(みんぞくげいのう)」っていうんだよ。
こうした歌(うた)や踊(おど)りは、作業唄(さぎょううた)(仕事(しごと)をしながらうたう歌(うた))をのぞいて、お祭(まつ)りや儀式(ぎしき)の時(とき)に演(えん)じられた。神(かみ)さまをお迎(むか)えする時(とき)とか、災難(さいなん)がおこった時(とき)とかに祈(いの)りや願(ねが)いをこめて歌(うた)い、踊(おど)ったんだ。
正月(しょうがつ)の万歳(まんざい)だの、獅子舞(ししまい)は歳神(としがみ)さまをお迎(むか)えするためだし、夏(なつ)の盆(ぼん)踊(おど)りは帰(かえ)って来(く)るご先祖(せんぞ)さまの霊(れい)を歓迎(かんげい)するためなんだ。
また、家(いえ)ごとのお祝(いわ)いでも、宴(うたげ)の席(せき)でみんなが順々(じゅんじゅん)に歌(うた)い、踊(おど)った。日本人(にっぽんじん)ってそういう意味(いみ)じゃ、誰(だれ)もが芸能人(げいのうじん)なわけだ。(テレビの芸能人(げいのうじん)とはちがうけどね。)
そうなんだ… 多摩(たま)の各地(かくち)にもいろいろな民俗芸能(みんぞくげいのう)があるよ。とくに、歴史(れきし)の古(ふる)い西多摩(にしたま)の地域(ちいき)にはたくさんある。
鎌倉(かまくら)時代(じだい)、室町(むろまち)時代(じだい)までそのはじまりをさかのぼるものもあったりして、もう、びっくり!

民俗芸能(みんぞくげいのう)いろいろ

ドジョウすくいを踊るおとうさんも芸能人?

神楽(かぐら)

採物(とりもの)神楽(かぐら)、湯立(ゆだて)神楽(かぐら)、獅子(しし)神楽(かぐら) など

踊(おど)り

万作(まんさく)踊(おど)り、風流(ふうりゅう)踊(おどり など

人形にんぎょう地芝居じしばい)

むずかしいっ車(くるま)人形(にんぎょう)、糸操(いとあやつ)り など
 

祭囃子(まつりばやし

歌うた

作業唄(さぎょううた)、祭(まつ)り唄(うた)、祝(いわ)い唄(うた)、童唄(わらべうた)、座興唄(ざきょううた)(酒盛唄(さかもりうた)、座敷唄(ざしきうた)) など
郷土(きょうど)の舞楽(まいがく)、能(のう)、狂言(きょうげん)、歌舞伎(かぶき)、文楽(ぶんらく)などなどなど…

ほかにもいろいろあるんです

民俗芸能(みんぞくげいのう)、ちょっと説明(せつめい)

神楽(かぐら)

神(かみ)さまを招(まね)いたり、慰(なぐさ)めたりするために捧(ささ)げる踊(おど)りや音楽(おんがく)のこと。神座(カムクラ-神(かみ)さまをお招(まね)きする席(せき))が言葉(ことば)のはじまりという説(せつ)がある。その歴史(れきし)は、奈良(なら)時代(じだい)に完成(かんせい)した「古事記(こじき)」「日本(にほん)書記(しょき)」によると、天(あま)の岩戸(いわと)神話(しんわ)のアメノウズメノミコトから、といわれるくらい古(ふる)い。
アメノウズメノミコトは岩戸(いわと)にかくれてしまったアマテラスオオミカミという女神(めがみ)さまをなぐさめるため舞(ま)いを舞(ま)った。

神前(しんぜん)神楽(かぐら)(御神楽(おかぐら)) 宮廷(きゅうてい)の神事(しんじ)(神(かみ)さまをお祭(まつ)りする儀式(ぎしき))でおこなわれるもの。

その他(た)の神楽(かぐら)

神前(しんぜん)神楽(かぐら)(神前(しんぜん)舞(まい)) 神社(じんじゃ)のお祭(まつ)りの儀式(ぎしき)のとき、神(かみ)さまの前(まえ)で舞(ま)う。大國魂(おおくにたま)神社(じんじゃ)(府中市(ふちゅうし))の杉舞(すぎまい)のように採物(とりもの)(舞(ま)うとき手(て)に持(も)つもの)で曲(きょく)を表(あら)わし、1人(ひとり)で舞(ま)うことが多い。

江戸(えど)の里(さと)神楽(かぐら) 江戸(えど)時代(じだい)の初(はじ)め頃(ごろ)、江戸(えど)に伝(つた)わる。もとは土師(はじ)一流(いちりゅう)催馬楽(さいばら)神楽(かぐら)という、出雲系(いずもけい)の神楽(かぐら)だ。神話(しんわ)からとった題材(だいざい)が多(おお)い。プロの舞太夫(まいだゆう)(おどり手(て)だね)がいるのが江戸(えど)の里(さと)神楽(かぐら)の特色(とくしょく)だった。

獅子(しし)神楽(かぐら) 獅子(しし)を神(かみ)さまの使(つか)いと見(み)たてて、舞(ま)わすことが江戸(えど)時代(じだい)、盛(さか)んになった。特(とく)に伊勢(いせ)や熱田(あつた)の御師(おし)(祈(き)とう師(し))たちは大神楽(だいかぐら)の名(な)で全国(ぜんこく)を獅子(しし)神楽(かぐら)で祈(き)とうしてまわった。多摩(たま)の神楽(かぐら)は伊勢派(いせは)。御師(おし)たちがまわってこなくなった後(あと)は、かわって神官(しんかん)を中心(ちゅうしん)に氏子(うじこ)たちが獅子(しし)を舞(ま)わせた。

湯立(ゆだて)神楽(かぐら) 大釜(おおがま)に湯(ゆ)をわかし、舞(ま)う人(ひと)が湯(ゆ)たぶさ(ほうきみたいなもの)を熱湯(ねっとう)にひたし、湯玉(ゆだま)(しずく)をあちこちに振(ふ)りかけながら舞(ま)う。熱湯(ねっとう)には神(かみ)さまの意志(いし)がこもるものと考(かんが)えられ、その滴(しずく)をあびると災(わざわ)いからのがれられると信(しん)じられた。湯立(ゆだて)は平安(へいあん)時代(じだい)からおこなわれていたらしい。

踊(おど)り

風流(ふうりゅう)踊(おど)り 「風流(ふうりゅう)」は奈良(なら)時代(じだい)に優雅(ゆうが)の意味(いみ)で使(つか)われた言葉(ことば)。平安(へいあん)時代(じだい)には、つくりあげられた「美(び)」をたたえる言葉(ことば)になった。さらにそれが芸能(げいのう)についても使(つか)われた。仮装(かそう)行列(ぎょうれつ)や、華(はな)やかな衣装(いしょう)や山車(だし)、小物(こもの)をともなった踊(おど)りを「風流(ふうりゅう)」とか「風流(ふうりゅう)踊(おど)り」とかいうようになったのだ。
小河内(おごうち)の鹿島(かしま)踊(おど)り(奥多摩町(おくたままち))や鳳凰(ほうおう)の舞(まい)(日(ひ)の出町(でまち))は風流(ふうりゅう)踊(おど)りなんだよ。

万作(まんさく)踊(おど)り 関東(かんとう)の農村(のうそん)芸能(げいのう)で、「万作(まんさく)」は豊年(ほうねん)万作(まんさく)を意味(いみ)する。村(むら)の祭(まつ)りや、寺(てら)の縁日(えんにち)、家(いえ)での祝(いわ)い事(ごと)などの時(とき)、踊(おど)るおもしろおかしい踊(おど)り。
地域(ちいき)によって呼(よ)び名(な)はさまざまで、「粉屋(こなや)踊(おど)り」もこの仲間(なかま)。

人形(にんぎょう)地芝居(じしばい)

車(くるま)人形(にんぎょう) 説教(せっきょう)浄瑠璃(じょうるり)(仏教(ぶっきょう)の説教(せっきょう)からうまれた語(かた)り)に合(あ)わせて演(えん)じる人形(にんぎょう)芝居(しばい)。箱(はこ)の中(なか)に3個(こ)のロクロ車(ぐるま)をしかけ、それに人形(にんぎょう)つかいが座(すわ)って、人形(にんぎょう)をあやつる。西川(にしかわ)古柳(こりゅう)(本名(ほんみょう)、山岸(やまぎし)柳吉(りゅうきち)1824~1897)が考(かんが)えだした。多摩(たま)の車(くるま)人形(にんぎょう)の首(くび)のほとんどは、江戸(えど)時代(じだい)に作(つく)られたものだ。

祭囃子(まつりばやし)

多摩(たま)の囃子(はやし)のもとになっているものをいくつかご紹介(しょうかい)。

葛西囃子(かさいばやし) 江戸(えど)祭囃子(まつりばやし)のおおもと。「馬鹿囃子(ばかばやし)」ともよばれる陽気(ようき)なおはやしだ。
これが江戸(えど)の天下(てんか)祭(まつ)りに出(で)るようになってからは、江戸(えど)の周辺(しゅうへん)で大(おお)はやり。あちこちのお祭(まつ)りで使(つか)われた。

神田囃子(かんだばやし) 神田(かんだ)明神(みょうじん)のお祭(まつ)りに、手(て)ちがいで葛西囃子(かさいばやし)の連中(れんちゅう)に来(き)てもらえず、神田(かんだ)の氏子(うじこ)が間(ま)に合(あ)わせでやったのがはじまりなんだとか。

重松囃子(じゅうまつばやし) この囃子(はやし)は多摩(たま)の各地(かくち)に伝(つた)わっている。明治(めいじ)の初(はじ)め頃(ごろ)、所沢(ところざわ)村(むら)に住(す)んでいた古谷(ふるや)重松(じゅうまつ)(1830~1891)が作(つく)った。重松(じゅうまつ)は、府中(ふちゅう)の大國魂(おおくにたま)神社(じんじゃ)で笛(ふえ)の修行(しゅぎょう)をした人(ひと)。本業(ほんぎょう)は商人(しょうにん)だったけれど、あちこちに行(い)っては祭囃子(まつりばやし)を教(おし)えた。

他(ほか)には目黒(めぐろ)から、弥一(やいち)という師匠(ししょう)をよんで教(おし)えてもらった
目黒囃子(めぐろばやし)や、京都(きょうと)の祇園(ぎおん)信仰(しんこう)から広(ひろ)まった 祇園囃子(ぎおんばやし)などの流(なが)れがある。
おはやしって、踊りなどにくっついて演奏する音楽のことだよ

歌(うた)

民俗芸能(みんぞくげいのう)の歌(うた)は、地域(ちいき)の歴史(れきし)やくらしぶりから、自然(しぜん)に生(う)まれてきたものなんだ。

作業唄(さぎょううた) 仕事(しごと)を少(すこ)しでも楽(たの)しく、手(て)ぎわよくするために歌(うた)われたもの。糸(いと)とり唄(うた)だの、草刈(くさかり)唄(うた)だの、米(こめ)とぎ唄(うた)(造(つく)り酒屋(さかや)でうたわれたそうな)とか、いろいろある。

つるとかめはえんぎがいいもんね 祝(いわ)い唄(うた) 年中(ねんちゅう)行事(ぎょうじ)をはじめ、結婚(けっこん)、出産(しゅっさん)、年賀(ねんが)、新築(しんちく)などめでたい席(せき)でうたう。鶴(つる)や亀(かめ)、いろいろ縁起(えんぎ)のいいものが歌詞(かし)に登場(とうじょう)する。「はつうせ」とか「五反田(ごたんだ)」とか「長持(ながもち)唄(うた)」とか、たくさん種類(しゅるい)がある。

座興唄(ざきょううた) お酒(さけ)の席(せき)で、三味線(しゃみせん)だの、太鼓(たいこ)だのも使(つか)って、にぎやかにうたう、楽(たの)しいうた。

童唄(わらべうた) 子(こ)どもの遊(あそ)びの中(なか)から生(う)まれた唄(うた)。手(て)まりうた、お手玉(てだま)うた、手(て)あそびのうた、などなど。

どう? にあう?

多摩(たま)各地(かくち)の郷土(きょうど)芸能(げいのう) その1

境の獅子舞

奥多摩町
(おくたままち)

川野(かわの)の車(くるま)人形(にんぎょう)
幕末(ばくまつ)
か明治(めいじ)の初(はじ)め頃(ごろ)に、小宮(こみや)村(むら)の木住野(きしの)清兵衛(せいべえ)大夫(だゆう)(1844~1892)が伝(つた)えた。昭和(しょうわ)の初(はじ)め頃(ごろ)までは、近(ちか)くの村々(むらむら)にも出向(でむ)いて、公演(こうえん)したという。
小留浦(ことずら)花(はな)神楽(かぐら)
奥多摩(おくたま)に伝(つた)わるこの神楽(かぐら)。山梨(やまなし)の方(ほう)から来(き)た旅(たび)商人(しょうにん)が伝(つた)えたといわれる。「花(はな)」は芸人(げいにん)に渡(わた)すご祝儀(しゅうぎ)を意味(いみ)している。
鹿島踊り 鹿島(かしま)踊(おど)り
冠(かんむり)をかぶり、女(おんな)の人(ひと)のかっこうをした男(おとこ)の人(ひと)が踊(おど)る。むかしは17~23歳(さい)までの若者(わかもの)が踊(おど)った。
このあたりにかくれ住(す)んだ公卿(くぎょう)の落人(おちうど)が伝(つた)えた、とか、旅(たび)のお坊(ぼう)さんから教(おし)えられた、とかいわれるけれど確(たし)かなことはわからない。

 

 

 

日(ひ)の出町(でまち)

鳳凰の舞 鳳凰(ほうおう)の舞(まい)
鳳凰(ほうおう)をかたどった冠(かんむり)をかぶるので、この名(な)がある。地元(じもと)、春日(かすが)神社(じんじゃ)のお祭(まつ)りや、疫病(えきびょう)を追(お)い払(はら)ったり、雨乞(あまご)いをする時(とき)踊(おど)る。京(きょう)の都(みやこ)から伝(つた)わったという説(せつ)がある。

 

 

五日市町(いつかいちまち)

乙津(おつ)の大神楽(だいかぐら)
神明社(しんめいしゃ)の秋(あき)祭(まつ)りに、豊作(ほうさく)を祈(いの)って獅子舞(ししまい)を奉納(ほうのう)する。乙津(おつ)にこの大神楽(だいかぐら)が伝(つた)わったのは、江戸(えど)時代(じだい)の中(なか)頃(ごろ)という。その当時(とうじ)、ここいらにも伊勢(いせ)の御師(おし)たちがまわってきて、獅子舞(ししまい)でおはらいをして歩(ある)いた。それにならって、始(はじ)められたとか。

八王子市(はちおうじし)

子安(こやす)神社(じんじゃ)の民俗芸能(みんぞくげいのう)南大沢の粉屋踊り
八王子(はちおうじ)の子安(こやす)神社(じんじゃ)は奈良(なら)時代(じだい)に建(た)てられたと伝(つた)えられている。ふる~い歴史(れきし)のある神社(じんじゃ)なんだ。ここでは、9月(がつ)に神楽(かぐら)、舞楽(まいがく)、雅楽(ががく)が奉納(ほうのう)される。また、江戸(えど)時代(じだい)から悪疫(あくえき)を追(お)い払(はら)うための湯立(ゆだて)神楽(かぐら)もおこなわれてきた。
車(くるま)人形(にんぎょう)
さっきも言(い)ったとおり、ロクロ車(ぐるま)にのってあやつる人形(にんぎょう)芝居(しばい)。明治(めいじ)時代(じだい)には大(おお)きな農家(のうか)の座敷(ざしき)で舞台(ぶたい)を設(もう)け、よく上演(じょうえん)したそうだ。

檜原村(ひのはらむら)

小沢(おざわ)の式三番(しきさんば)
な、な、なんと…室町(むろまち)時代(じだい)の末(すえ)から始(はじ)まったのでは、といわれる。
伊勢(いせ)清峯社(しゃ)の秋(あき)祭(まつ)りで、五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)(つまり豊作(ほうさく)ね)、天下(てんか)泰平(たいへい)(世(よ)の平和(へいわ)だ)、家内(かない)安全(あんぜん)、悪疫(あくえき)退散(たいさん)を願(ねが)って奉納(ほうのう)する。
氏子(うじこ)の若者(わかもの)が演(えん)じることになっているんだけど、年齢(ねんれい)は15、6から22、3歳(さい)までとか、翁(おきな)の役(やく)はまだ結婚(けっこん)していない長男(ちょうなん)がする、とか、本番(ほんばん)までの何日間(なんにちかん)は家族(かぞく)とは別(べつ)の火(ひ)でごはんのしたくをしなくちゃいけない、とかいろいろきまりがあるんだって。

「式三番」は3人のおじいさんのお祝(いわ)いの舞(まい)。古(ふる)い歴史(れきし)がある芸能です。

青梅市(おうめし)

青梅(おうめ)ひょっとこ踊(おど)り
男(おとこ)の人(ひと)は「ひょっとこ」、女(おんな)の人(ひと)は「おかめ」のお面(めん)をつけて、町(まち)を流(なが)して踊(おど)る。家内(かない)安全(あんぜん)、商売(しょうばい)繁盛(はんじょう)祈願(きがん)だ。
武蔵(むさし)御嶽(みたけ)神社(じんじゃ)の太々(だいだい)神楽(かぐら)
青梅(おうめ)のこの神社(じんじゃ)では、毎年(まいとし)3月(がつ)8日(ようか)の春山(はるやま)開(びら)きから5月(がつ)8日(ようか)の春山(はるやま)じまいまでの2ヶ月(げつ)の間(あいだ)、希望(きぼう)に応(おう)じて奉納(ほうのう)される神楽(かぐら)がある。
青梅(おうめ)機織(はたおり)唄(うた)
♪梅(うめ)で名(な)高(だか)い 青梅(おうめ)の町(まち)は
機(はた)も本場(ほんば)の 青梅(おうめ)織(お)りよ
ハー、ゴッションヨ ゴッションヨ♪
ここは室町(むろまち)時代(じだい)からといわれる木綿織物(もめんおりもの)「青梅(おうめ)縞(じま)」の産地(さんち)。機織(はたお)りをしながら、うたわれた。
小曽木(おそぎ)の万作(まんさく)
青梅(おうめ)の黒沢(くろさわ)村(むら)出身(しゅっしん)の若林(わかばやし)仙十郎(せんじゅうろう)(本名(ほんみょう)仙太郎(せんたろう)1866~1946)が伝(つた)えた。仙十郎(せんじゅうろう)さんは若(わか)い頃(ころ)東京(とうきょう)に出(で)て、江戸(えど)歌舞伎(かぶき)や神田囃子(かんだばやし)を習(なら)った人(ひと)。万作(まんさく)芝居(しばい)一座(いちざ)の座長(ざちょう)だった。

瑞穂(みずほ)町(まち)

瑞穂(みずほ)のひょっとこ踊(おど)り
ここのひょっとこ踊(おど)りは青梅(おうめ)からならったもの。女(おんな)の人(ひと)が4人(にん)先頭(せんとう)にたち、子(こ)どもや大人(おとな)がつづいて、ちょうちん、万灯(まんとう)を押(お)し立(た)てて踊(おど)る。

福生市(ふっさし)

牛浜囃子(うしはまばやし)
奈賀(なか)町の祭囃子(まつりばやし)
どちらも古谷(ふるや)重松(じゅうまつ)から教(おし)えられたもの。
江戸(えど)時代(じだい)の末(すえ)、安政(あんせい)年間(ねんかん)(1854~60)は疫病(えきびょう)がはやり、災難(さいなん)がつづいた。
牛浜囃子(うしはまばやし)は、そんな暗(くら)い時代(じだい)をふきとばすことを願(ねが)って始(はじ)まった。

羽村市(はむらし)

東(あずま)町の祭囃子(まつりばやし)
稲荷(いなり)神社(じんじゃ)の春(はる)と秋(あき)のお祭(まつ)りには山車(だし)がくりだし、囃子(はやし)が鳴(な)る。ここの囃子(はやし)には重松囃子(じゅうまつばやし)と祇園囃子(ぎおんばやし)がある。
この神社(じんじゃ)のおみこしは文政(ぶんせい)年間(ねんかん)(1818~1830)に作(つく)られたと伝(つた)わり、祇園囃子(ぎおんばやし)の方(ほう)はその頃(ころ)からではないか…といわれている。

武蔵(むさし)村山市(むらやまし)

横中馬(よこちゅうま)の獅子舞(ししまい)
むかしは毎年(まいとし)、台風(たいふう)の季節(きせつ)の9月(がつ)に、悪魔(あくま)ばらいと風(かぜ)祭(まつ)りのため舞(ま)われた。明治(めいじ)のおわり頃(ごろ)までは、お祭(まつ)りの日(ひ)以外(いがい)も、伝染病(でんせんびょう)などがおきると、獅子舞(ししまい)が家々(いえいえ)をまわった。

東大和市(ひがしやまとし)

清水囃子(しみずばやし)
幕末(ばくまつ)の頃(ころ)、武蔵国(むさしのくに)多摩郡(たまぐん)高円寺(こうえんじ)村(むら)(今(いま)の杉並区(すぎなみく))の宮大工(みやだいく)、半次郎(はんじろう)という人(ひと)から教(おし)えられたという。地元(じもと)では「高円寺流(こうえんじりゅう)」とよばれる。

立川市(たちかわし)

獅子舞(ししまい)
諏訪(すわ)神社(じんじゃ)のお祭(まつ)りに疫除(やくよ)け、豊作(ほうさく)を祈(いの)って奉納(ほうのう)。むかしはこの獅子舞(ししまい)、長男(ちょうなん)がすることになっていて、獅子宿(ししやど)は旧家(きゅうか)がもちまわりで努(つと)めた。

東(ひがし)村山市(むらやまし)

八坂神社 浦安の舞

八坂(やさか)神社(じんじゃ)の浦安(うらやす)の舞(まい)
毎年(まいとし)7月(がつ)のお祭(まつ)りで神楽(かぐら)「浦安(うらやす)の舞(まい)」が奉納(ほうのう)される。「浦安(うらやす)」は心安(こころやす)らか、という意味(いみ)で、平和(へいわ)を祈(いの)るもの。昭和(しょうわ)15(1940)年(ねん)の紀元(きげん)2600年(ねん)のお祝(いわ)いの時(とき)、「天地(あめつち)の 神(かみ)にぞ祈(いの)る 朝(あさ)なぎの 海(うみ)のごとくに 波(なみ)たたぬ世(よ)を」という昭和(しょうわ)天皇(てんのう)の歌(うた)に曲(きょく)をつけ、作(つく)られたもの。

清瀬市(きよせし)

中里(なかざと)の万作(まんさく)
幕末(ばくまつ)から明治(めいじ)の初(はじ)め頃(ごろ)、もと鍛冶屋(かじや)の忠造という人(ひと)が門前(もんぜん)村(むら)(今(いま)の東(ひがし)久留米市(くるめし))から習(なら)ってきて伝(つた)えた。

東(ひがし)久留米市(くるめし)

南沢の獅子舞南沢(みなみさわ)の獅子舞(ししまい)
豊年(ほうねん)の年(とし)にかぎり、氷川(ひかわ)神社(じんじゃ)の秋(あき)祭(まつ)りに奉納(ほうのう)されるので、「作神(さくがみ)」とか「豊年(ほうねん)獅子(じし)」とかよばれる。また、雨乞(あまご)いにも効(き)き目(め)があって「雨乞(あまご)い獅子(じし)」の名(な)も。

小平市(こだいらし)

ごぞんじ! 鈴木(すずき)ばやし
「鈴木流(すずきりゅう)若(わか)ばやし」ともいい、江戸(えど)時代(じだい)の弘化(こうか)年間(ねんかん)(1844~1848)、深谷(ふかや)定右衛門(じょうえもん)という人(ひと)が広(ひろ)めた。二代目(だいめ)深谷(ふかや)運平(うんぺい)は、神田(かんだ)祭(まつ)りに出(で)て、名人(めいじん)とまでいわれた。
鈴木(すずき)ばやしは、しし、おかめ、きつねなどの面(めん)をつけた舞(まい)を伴(ともな)って、町内(ちょうない)はもちろん東京(とうきょう)のあちこちにも出向(でむ)いた。

多摩(たま)各地(かくち)の郷土(きょうど)芸能(げいのう) その2

武蔵野市(むさしのし)

糸操(いとあやつ)りの結城(ゆうき)人形座(にんぎょうざ)
江戸(えど)でもっとも古(ふる)い人形(にんぎょう)芝居(しばい)の一座(いちざ)。江戸(えど)三座(さんざ)といわれた芝居(しばい)の中村座(なかむらざ)、市村座(いちむらざ)、森田座(もりたざ)に薩摩座(さつまざ)とこの結城(ゆうき)座(ざ)を加(くわ)えた五座(ざ)は幕府(ばくふ)の許(ゆる)しをえた芝居(しばい)小屋(ごや)だった。九代目(だいめ)孫三郎(まごさぶろう)という人(ひと)が結城(ゆうき)座(ざ)のあやつり人形(にんぎょう)の技(わざ)をまとめあげ、今(いま)へと受(う)けつがれている。

小金井市(こがねいし)

貫井囃子(ぬくいばやし)
江戸(えど)時代(じだい)の末(すえ)から明治(めいじ)の初(はじ)めにかけて、地元(じもと)の鈴木(すずき)三郎衛門(さぶろうえもん)ほかの人(ひと)たちが、世田谷(せたがや)の神楽(かぐら)師(し)から習(なら)って伝(つた)えたもの。
小金井(こがねい)の五反田(ごたんだ)
「五反田(ごたんだ)」は結婚式(けっこんしき)や新築(しんちく)祝(いわ)いの時(とき)、女(おんな)の人(ひと)がうたう祝(いわ)い唄(うた)。江戸(えど)時代(じだい)は享保(きょうほう)(1716~1736)の頃(ころ)、この地(ち)に移(うつ)り住(す)んだ浪人(ろうにん)から伝(つた)えられた。
♪これ様(さま)へ 参(まい)り申(もう)して お家(いえ)のかかりを 見(み)申(もう)せば
表(おもて)には明障子(あかりしょうじ) 裏(うら)では港(みなと)で 舟(ふね)が着(つ)く
舳先(へさき)には 恵比寿(えびす)大黒(だいこく)♪ というめっぽう景気(けいき)のいい歌詞(かし)だ。

あきる野市(のし)

二宮(にのみや)神社(じんじゃ)の民俗芸能(みんぞくげいのう)二宮歌舞伎
この神社(じんじゃ)の神楽(かぐら)師(し)たちは、ふだんは農民(のうみん)で、お祭(まつ)りの時(とき)、神(かみ)さまに舞(まい)を奉納(ほうのう)していた。大正(たいしょう)時代(じだい)、二宮(にのみや)に移(うつ)り住(す)んだ江戸(えど)歌舞伎(かぶき)役者(やくしゃ)から本場(ほんば)の芸(げい)を教(おそ)わり、「二宮(にのみや)歌舞伎(かぶき)」は盛(さか)んとなった。
また、別名(べつめい)「生姜(しょうが)祭(まつ)り」の名(な)の二宮(にのみや)神社(じんじゃ)の秋(あき)祭(まつ)りには、村(むら)芝居(しばい)の幕(まく)もあくのだ。

町田市(まちだし)

まつりばやしは5人1組 根岸(ねぎし)粉屋(こなや)踊(おど)り
「
万作(まんさく)踊(おど)り」ともいう。千葉(ちば)から伝(つた)えられたとかで明治(めいじ)半(なか)ばから、大正(たいしょう)にかけて盛(さか)んだった。
大戸(おおと)ばやし
江戸(えど)時代(じだい)、天保(てんぽう)年間(ねんかん)(1830~1843)に、江戸(えど)神田(かんだ)の下町囃子(したまちばやし)の師匠(ししょう)から教(おし)えをうけたもの。

昭島市(あきしまし)

拝島(はいじま)棒打(ぼううち)唄(うた)
刈(か)りとった大麦(おおむぎ)を庭(にわ)いっぱいムシロに広(ひろ)げて干(ほ)し、みんなでくるり棒(ぼう)でそれを打(う)つ。その時(とき)うたった作業唄(さぎょううた)。
♪拝島(はいじま)の宿(しゅく)は しゃれた宿(しゅく) 水(みず)までも こじゃれに しゃれて流(なが)れる♪という歌詞(かし)は、羽村(はむら)の堰(せき)から江戸(えど)まで水(みず)をひいた時(とき)、拝島(はいじま)分水(ぶんすい)としてもらった水(みず)のことを歌(うた)っているのだ。
他(ほか)にも拝島(はいじま)にはうすひきや糸(いと)ひきの作業唄(さぎょううた)があるんだよ。

日野市(ひのし)

日野太鼓(ひのだいこ)
多摩(たま)では、幕末(ばくまつ)、農兵隊(のうへいたい)をつくって土地(とち)を守(まも)った。農兵隊(のうへいたい)は合図(あいず)に「のろし」を使(つか)った。日野太鼓(ひのだいこ)は農兵隊(のうへいたい)ののろしをイメージして作(つく)られたもの。

府中市(ふちゅうし)

大國魂(おおくにたま)神社(じんじゃ)の青袖舞(あおそでまい)・杉舞(すぎまい)
神社(じんじゃ)境内(けいだい)にある宮之咩(みやのめ)神社(じんじゃ)のお祭(まつ)りで奉納(ほうのう)される神前(しんぜん)神楽(かぐら)。青色(あおいろ)の衣装(いしょう)をつけ、手(て)に杉(すぎ)の小枝(こえだ)を持(も)つのでこの名(な)が。文治(ぶんじ)2(1186)年(ねん)に源頼朝(みなもとのよりとも)の命(めい)で始(はじ)まったもの。かつては武蔵国中(むさしのくにじゅう)の神職(かんしょく)が集(あつ)まり、夜(よ)どおし神楽(かぐら)を奉納(ほうのう)したとか。

稲城市(いなぎし)

青渭(あおい)ばやし
青渭(あおい)神社(じんじゃ)の祭囃子(まつりばやし)。目黒流(めぐろりゅう)。

多摩市(たまし)

府中押立の新川踊り新川(しんかわ)踊(おど)り
粉屋(こなや)踊(おど)りをもとにしたもの。その粉屋(こなや)踊(おど)りは明治(めいじ)の半(なか)ばに伝(つた)わった。

国分寺市(こくぶんじし)

恋ヶ窪(こいがくぼ)の祭囃子(まつりばやし) 明治(めいじ)の10年代(ねんだい)に世田谷(せたがや)の千歳船橋(ちとせふなばし)から伝(つた)わった。地元(じもと)では「船橋囃子(ふなばしばやし)」ともいう。

国立市(くにたちし)

坂下(さかした)の祭囃子(まつりばやし)
国立(くにたち)の祭囃子(まつりばやし)は谷保(やほ)天満宮(てんまんぐう)のお祭(まつ)りを中心(ちゅうしん)におこなわれる。坂下(さかした)の囃子(はやし)は、昭和(しょうわ)の初(はじ)め、府中(ふちゅう)から伝(つた)えられた目黒流(めぐろりゅう)。

三鷹市(みたかし)

三鷹囃子(みたかばやし)
「大沢(おおさわ)ばやし」ともいう。毎年(まいとし)9月(がつ)末(まつ)から10月(がつ)初(はじ)めの鎮守(ちんじゅ)さまのお祭(まつ)りでくりひろげられる。昭和(しょうわ)40年代(ねんだい)から始(はじ)まった。

狛江市(こまえし)

祭囃子(まつりばやし)いろいろ
「駒井(こまい)ばやし」と「多摩川(たまがわ)ばやし」は芝高輪(しばたかなわ)に住(す)む笛(ふえ)の名人(めいじん)、福岡(ふくおか)仙松(せんまつ)という人(ひと)から教(おし)えられたもの。「猪方(いのかた)ばやし」は、さらに駒井(こまい)から伝(つた)えられたもの。「岩戸囃子(いわとばやし)」は世田谷(せたがや)の千歳船橋(ちとせふなばし)から伝(つた)わった。明治(めいじ)の初(はじ)め頃(ごろ)は、多(おお)くの名人(めいじん)が出(で)て、まわりの地域(ちいき)へも教(おし)えに出向(でむ)いたという。

調布市(ちょうふし)

大神楽大神楽(だいかぐら)
正月(しょうがつ)に寿獅子(ことぶきじし)が家々(いえいえ)を祝(いわ)ってまわり歩(ある)く。元旦(がんたん)には八幡(はちまん)神社(じんじゃ)で獅子舞(ししまい)を奉納(ほうのう)。
八幡(はちまん)神社(じんじゃ)の本殿(ほんでん)が江戸(えど)時代(じだい)の文化(ぶんか)4(1807)年(ねん)に再建(さいけん)されたので、それを祝(いわ)って始(はじ)まったのではないか、といわれている。

西東京市(にしとうきょうし)

茶作り唄茶作(ちゃづく)り唄(うた)
♪宇治(うじ)の新茶(しんちゃ)と 狭山(さやま)の古茶(こちゃ)と 出会(であ)いましたよ 横浜(よこはま)で♪
茶(ちゃ)つみ娘(むすめ)や茶(ちゃ)もみの仕事(しごと)をする人(ひと)たちが働(はたら)きながらうたった唄(うた)。
茶作(ちゃづく)り唄(うた)はあちこちの地域(ちいき)にあるが、恋(こい)のうたがけっこう多(おお)い。うふふ。

西東京市(にしとうきょうし)

桑摘唄(くわつみうた)
お蚕(かいこ)さんを飼(か)うのにエサの桑(くわ)の葉(は)をつむ作業はかかせない。桑摘唄(くわつみうた)はそうした仕事(しごと)の時(とき)うたわれた。
♪くるか くるかと はたおと とめて ケンボつめたり ゆるめたり
おまえさんとなれば 西(にし)はどこまでも 東(ひがし)は上総(かずさ)の果(は)てまでも♪
保谷(ほうや)では桑(くわ)をつみながら「チャンコ チャンコ」とはやしながらうたったとか。

こんなにあるぞ 三多摩(さんたま)の郷土(きょうど)芸能(げいのう)

三多摩の地図

奥多摩町(おくたままち)

川野の車人形

小留浦(ことずら)の花(はな)神楽(かぐら)
川野(かわの)の車(くるま)人形(にんぎょう) 日原(にっぱら)の獅子舞(ししまい)
川井(かわい)の獅子舞(ししまい) 栃久保(とちくぼ)の獅子舞(ししまい)
神庭(かんにわ)の花(はな)神楽(かぐら) 小留浦(ことずら)の獅子舞(ししまい)
海沢(うなざわ)の獅子舞(ししまい) 大丹波(おおたんば)の獅子舞(ししまい)
奥(おく)氷川(ひかわ)の獅子舞(ししまい) 川野(かわの)の獅子舞(ししまい)
南町(みなみちょう)はやし 坂本(さかもと)の獅子舞(ししまい)
境(さかい)の獅子舞(ししまい) 原(はら)の獅子舞(ししまい)
棚沢(たなざわ)の獅子舞(ししまい) 峰(みね)の獅子舞(ししまい)
白丸(しろまる)の獅子舞(ししまい) 小河内(おごうち)の鹿島(かしま)踊(おど)り

日(ひ)の出町(でまち)

幸神囃子(さちかみばやし) 八幡(はちまん)囃子(ばやし)
長井(ながい)・水口囃子(みずぐちばやし) 平井(ひらい)加美(かみ)町囃子(ばやし)
玉(たま)の内(うち)の獅子舞(ししまい) 志茂(しも)町囃子(ばやし)
大津絵節(おおつえぶし) 鳳凰(ほうおう)の舞(まい)
農村(のうそん)歌舞伎(かぶき)浄瑠璃(じょうるり) 水口(みずぐち)鐘張(かねは)り

あきる野市(のし)

山田(やまだ)の重松囃子(じゅうまつばやし) 落合囃子(おちあいばやし)
本郷囃子(ほんごうばやし) 星竹囃子(ほしだけばやし)
北郷囃子(きたごうばやし) 栄会囃子(さかえかいばやし)
上(かみ)町囃子(ばやし) 乙津(おつ)の大神楽(だいかぐら)
星竹(ほしだけ)の獅子舞(ししまい) 山田(やまだ)の獅子舞(ししまい)
行道(ぎょうどう)獅子(しし) 高尾(たかお)の獅子舞(ししまい)
伊奈本(いなほん)町囃子(ばやし) 伊奈新宿囃子(いなしんじゅくばやし)
伊奈(いな)宮本囃子(みやもとばやし) 入野(いりの)の獅子舞(ししまい) 引田(ひきだ)ばやし 引田(ひきだ)の獅子舞(ししまい)
野辺(のべ)の神楽(かぐら) 野辺(のべ)の祭囃子(まつりばやし)
二宮(にのみや)囃子(ばやし) 村(むら)芝居(しばい)
瀬戸岡(せどおか)の獅子舞(ししまい) 小宮(こみや)の獅子舞(ししまい)
菅生(すがお)の組立(くみたて)舞台(ぶたい) 尾崎(おざき)の獅子舞(ししまい)
二宮(にのみや)歌舞伎(かぶき) 上代(かみよ)継(つぎ)の獅子舞(ししまい)

八王子市(はちおうじし)

美山(みやま)の獅子舞(ししまい) 追分町(おいわけちょう)祭囃子(まつりばやし)
片倉囃子(かたくらばやし) 八王子(はちおうじ)武神(ぶしん)太鼓(だいこ)
南大沢(みなみおおさわ)の粉屋(こなや)踊(おどり) 小津(おつ)の獅子舞(ししまい)
東(ひがし)浅川(あさかわ)の獅子舞(ししまい) 湯立祭(ゆたてまつり)
狭間(はざま)の獅子舞(ししまい) 四谷(よつや)の獅子舞(ししまい)
田守(たもり)の獅子舞(ししまい) 今熊(いまくま)の獅子舞(ししまい)
管紘楽(かんげんがく)舞楽(まいがく)(子安(こやす)神社(じんじゃ)) 石川(いしかわ)の獅子舞(ししまい)
車(くるま)人形(にんぎょう) 説教(せっきょう)浄瑠璃(じょうるり)

檜原村(ひのはらむら)

泉沢(いずみさわ)の獅子舞(ししまい) 樋里(ひざと)の獅子舞(ししまい)
湯久保(ゆくぼ)の獅子舞(ししまい) 小沢(おざわ)囃子(ばやし)
小沢(おざわ)の式三番(しきさんば) 笹野(ささの)の式三番(しきさんば)
下川乗(しもかわのり)の獅子舞(ししまい) 藤倉(ふじくら)の獅子舞(ししまい)
人里(へんぼり)の獅子舞(ししまい) 数馬(かずま)の獅子舞(ししまい)
柏木野(かしわぎの)神代(じんだい)神楽(かぐら) 数馬(かずま)の花(はな)神楽(かぐら)
数馬(かずま)の大神楽(だいかぐら)

青梅市(おうめし)

梅郷(ばいごう)の獅子舞(ししまい) 高水山(たかみずさん)の獅子舞(ししまい)
友田町(ともだまち)の祭囃子(まつりばやし) 上長淵(かみながぶち)の神田囃子(かんだばやし)
藤橋(ふじはし)の祭囃子(まつりばやし) 畑中囃子(はたなかばやし)
和田町(わだまち)神田囃子(かんだばやし) 柚木町(ゆぎまち)神田囃子(かんだばやし)
森若(もりわか)千住囃子(せんじゅばやし) 勝沼囃子(かつぬまばやし)
西分町(にしわけちょう)神田囃子(かんだばやし) 本町(ほんちょう)神田囃子(かんだばやし)
天ヶ瀬囃子(あまがせばやし) 住江町(すみえちょう)神田囃子(かんだばやし)
日向(ひなた)和田(わだ)神田囃子(かんだばやし) 機織(はたおり)唄(うた)
裏宿(うらじゅく)神田囃子(かんだばやし) 千ヶ瀬囃子(ちがせばやし)
山車(だし)木遣(きやり) 天乃社(てんのしゃ)の大神楽(だいかぐら)
黒沢囃子(くろさわばやし) 柚木(ゆぎ)の大神楽(だいかぐら)
沢井(さわい)の獅子舞(ししまい) ひょっとこ踊(おど)り
小曽木(おそぎ)の万作(まんさく) 上郷(かみごう)の大神楽(だいかぐら)
下長淵(しもながぶち)の祭囃子(まつりばやし) 下長淵(しもながぶち)の獅子舞(ししまい)
友田(ともだ)の獅子舞(ししまい) 太々(だいだい)神楽(かぐら)
野上(のがみ)の獅子舞(ししまい) 成木(なりき)の獅子舞(ししまい)
石神(しゃもじ)の大神楽(だいかぐら)

瑞穂(みずほ)町(まち)

高根囃子(たかねばやし) 武蔵(むさし)太鼓(だいこ)
石畑(いしはた)重松囃子(じゅうまつばやし) 長岡囃子(ながおかばやし)
箱根ケ崎(はこねがさき)の獅子舞(ししまい)

福生市(ふっさし)

奈賀(なか)町の祭囃子(まつりばやし) 牛濱(うしはま)ばやし
天王(てんのう)ばやし

羽村市(はむらし)

阿蘇(あそ)神社(じんじゃ)重松囃子(じゅうまつばやし) 東(あずま)町祭囃子(まつりばやし)

武蔵(むさし)村山市(むらやまし)

横中馬(よこちゅうま)の獅子舞(ししまい) 祇園(ぎおん)ばやし

東大和市(ひがしやまとし)

清水囃子(しみずばやし)

立川市(たちかわし)

立川(たちかわ)の獅子舞(ししまい) まりつき・てあそべ唄(うた)

東(ひがし)村山市(むらやまし)

八坂(やさか)神社(じんじゃ)重松囃子(じゅうまつばやし) 神楽(かぐら)舞(まい)
西宿(にしじゅく)の祭囃子(まつりばやし)

清瀬市(きよせし)

中里(なかざと)の万作(まんさく) 中清戸(なかきよと)の獅子舞(ししまい)

東(ひがし)久留米市(くるめし)

南沢(みなみさわ)の獅子舞(ししまい)

小平市(こだいらし)

鈴木(すずき)ばやし

武蔵野市(むさしのし)

武蔵野(むさしの)ばやし 糸操(いとあやつ)り(結城(ゆうき)人形座(にんぎょうざ))

小金井市(こがねいし)

貫井囃子(ぬくいばやし) 五反田(ごたんだ)野謡(のうたい)

町田市(まちだし)

小山(おやま)に組(ぐみ)はやし 矢部(やべ)の獅子舞(ししまい)
土手下(どてした)はやし 能ヶ谷(のうがや)はやし
薬師(やくし)太鼓(だいこ) 町谷(まちや)はやし
三ツ目囃子(みつめばやし) 大戸(おおと)ばやし
三輪(みわ)はやし 坂下(さかした)はやし
町田(まちだ)天満宮(てんまんぐう)ばやし 陽田(ようだ)はやし
中相原(なかあいはら)はやし 根岸(ねぎし)の粉屋(こなや)踊(おど)り
丸山(まるやま)の獅子舞(ししまい) 野津田(のづた)はやし
金井(かない)の獅子舞(ししまい)

昭島市(あきしまし)

名神(なかがみ)の獅子舞(ししまい) 福島芝囃子(ふくじましばばやし)
上川原町(じょうかわらちょう)の祭囃子(まつりばやし) 日吉神社(じんじゃ)の祭礼囃子(さいれいばやし)
棒打(ぼううち)唄(うた)・機織(はたおり)唄(うた)

日野市(ひのし)

日野囃子(ひのばやし) 目黒囃子(めぐろばやし)
日野太鼓(ひのだいこ)

府中市(ふちゅうし)

府中(ふちゅう)囃子(ばやし) 環住(かんじゅう)太鼓(だいこ)
青袖(あおそで)杉舞(すぎまい) 押立(おしたて)の大神楽(だいかぐら)

稲城市(いなぎし)

穴沢(あなざわ)の獅子舞(ししまい) 里(さと)神楽(かぐら)
青渭(あおい)神社(じんじゃ)の祭囃子(まつりばやし) 青渭(あおい)の獅子舞(ししまい)
大丸囃子(おおまるばやし)

多摩市(たまし)

愛宕(あたご)太鼓(だいこ) 新川(しんかわ)踊(おど)り

国分寺市(こくぶんじし)

恋ヶ窪(こいがくぼ)船橋囃子(ふなばしばやし)

国立市(くにたちし)

坂下囃子(さかしたばやし) 谷保(やほ)の獅子舞(ししまい)

三鷹市(みたかし)

三鷹囃子(みたかばやし)

狛江市(こまえし)

多摩川囃子(たまがわばやし) 駒井(こまい)ばやし
岩戸囃子(いわとばやし) 猪方(いのかた)はやし
神前(しんぜん)舞(まい)

調布市(ちょうふし)

調布(ちょうふ)の大神楽(だいかぐら) 上布田(かみふだ)の祭囃子(まつりばやし)
小島町(こじまちょう)の祭囃子(まつりばやし) 神前(しんぜん)舞(まい)
下石原(しもいしわら)の獅子舞(ししまい)

西東京市(にしとうきょうし)

茶作(ちゃづく)り唄(うた) 蚕(かいこ)唄(うた)
長なが持もち唄うた 桑摘唄くわつみうた)

参考(さんこう)にした本(ほん)

「江戸東京の民俗芸能1 神楽」
「江戸東京の民俗芸能2 風流」
「江戸東京の民俗芸能3 獅子舞」
「江戸東京の民俗芸能4 田楽ほか」
「江戸東京の民俗芸能5 民謡」
「民俗芸能事典」
「広辞苑」
「東京都民俗芸能誌 上巻」ほか

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掲載日 令和7年8月1日