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35. 多摩(たま)の酒造(しゅぞう)

多摩(たま)の酒造(しゅぞう)

寛政(かんせい)11(1799)年(ねん)「山海(さんかい)名産(めいさん)図会(ずえ)」より“酒(さけ)あげすましの図(ず)”
酒あげすましの図
発酵(はっこう)した「もろみ」を袋(ふくろ)に入(い)れ、酒槽(さかぶね)に積(つ)み、お酒(さけ)をしぼるところ。

お酒ははたちになってから
お酒(さけ)の歴史(れきし)って古(ふる)いんだ。そのはじまりは、神話(しんわ)とか、伝説(でんせつ)のかたちで伝(つた)えられてきているんだから。
世界中(せかいじゅう)、そこの人々(ひとびと)が主食(しゅしょく)にしているものをもとにして、お酒(さけ)は造(つく)られる。ヨーロッパはオリエントから麦(むぎ)でつくるビールが伝(つた)えられていった。そして、もちろん日本(にっぽん)のお酒(さけ)はお米(こめ)から生(う)まれる。
寒かったりあつかったり大変だよな 日本酒(にほんしゅ)を造(つく)るのには晩秋(ばんしゅう)から冬(ふゆ)にかけての寒(さむ)い時期(じき)が向(む)いている。
冷(ひ)えた水(みず)で米(こめ)を洗(あら)い、高温(こうおん)多湿(たしつ)にした室(むろ)で麹(こうじ)をつくり、ひとつひとつの工程(こうてい)に丹精(たんせい)をこめて造(つく)る。
日本酒の名前で一番おおいのは「鶴」ですって 技術(ぎじゅつ)と経験(けいけん)が求(もと)められる繊細(せんさい)な仕事(しごと)だ。
東京(とうきょう)でも、そういうお酒(さけ)が造(つく)られている。しかもほとんどが多摩(たま)地区(ちく)にある。(23区(く)は北(きた)区(く)に一場のみ。)
明治(めいじ)の頃(ころ)は小平(こだいら)にもいくつも酒造(しゅぞう)(お酒(さけ)を造(つく)るところ。造(つく)り酒屋(ざかや)ともいう)があった。戦前(せんぜん)までは多摩(たま)全体(ぜんたい)で29あったそうだ。
今(いま)はその数(かず)も半分(はんぶん)くらいになってしまったけれど、自慢(じまん)したくなっちゃうよね。多摩(たま)の、心(こころ)をこめた手(て)づくりの仕事(しごと)。

 

 

 

 

 

 

 

三多摩(さんたま)の酒造(しゅぞう)マップ

三多摩の酒造マップ
くろいまる:95年現在お 酒(さけ)を造(つく)っている。
しろいまる: 今(いま)はやめてしまったけれど最近(さいきん)までお酒(さけ)を造(つく)っていた。

写真はお酒のラベルです

  1. 酒造(しゅぞう)の場所(ばしょ)
  2. お酒(さけ)の銘柄(めいがら)(商品名(しょうひんめい))
  3. おぼえがき

1.小澤(おざわ)酒造(しゅぞう)

澤乃井

  1. 青梅市(おうめし)沢井(さわい)2-770
  2. 「武陽(ぶよう) 澤乃井(さわのい)」
  3. 小澤氏(おざわし)はもと武田(たけだ)の家臣(かしん)だとか。いつからお酒(さけ)を造(つく)り始(はじ)めたかはわからないが、元禄(げんろく)15(1702)年(ねん)に役人(やくにん)が「酒(さけ)御改(おあらた)め」に訪(おとず)れたとある。150年(ねん)前(まえ)にほられた横井戸(よこいど)があって、秩父(ちちぶ)の地中(ちちゅう)から湧(わ)く岩清水(いわしみず)をたたえる。

2.大(おお)多摩(たま)酒造(しゅぞう)(休蔵中(きゅうぞうちゅう))

酔悦

  1. 青梅市(おうめし)森下町(もりしたちょう)499
  2. 「酔悦(すいえつ)」「武蔵男山(むさしおとこやま)」
  3. 明治(めいじ)の半(なか)ばに創業(そうぎょう)。はじめ「泉川正宗(まさむね)」というお酒(さけ)をつくっていて、昭和(しょうわ)の初(はじ)めに「玉(たま)の海(うみ)」と名(な)をかえ、昭和(しょうわ)14(1939)年(ねん)に「酔悦(すいえつ)」となった。

3.五十嵐(いがらし)酒造(しゅぞう)

宇寿桜

  1. 青梅市(おう大門(だいもん
  2. 「宇寿桜(うすざくら)」「富久泉(ふくいずみ)」
  3. 明治(めいじ)3年(ねん)創業(そうぎょう)。「うす(薄)桜」は“かおりほんのりさくらいろ”の意味(いみ)なんだ。

4.野崎(のざき)酒造(しゅぞう)

喜正

  1. あきる野市(のし)戸倉(とくら)63
  2. 「喜正(きしょう)」
  3. お酒(さけ)の名(な)は初代(しょだい)の喜三郎(きさぶろう)さんの名(な)からとられている。秩父(ちちぶ)山系(さんけい)と秋川(あきかわ)からの水(みず)をひいている。

5.中島(なかじま)酒造(しゅぞう)

日出山

  1. 八王子市(はちおうじし)下恩方町(しもおんがたまち)725
  2. 「日出山(ひのでやま)」「陣馬山(じんばさん)」
  3. ここのご先祖(せんぞ)は八王子(はちおうじ)城主(じょうしゅ)、北条(ほうじょう)氏照(うじてる)の家臣(かしん)だったとか。落城(らくじょう)の時(とき)、主君(しゅくん)氏照(うじてる)とともに切腹(せっぷく)したけれど、息子(むすこ)を1人(ひとり)、恩方(おんがた)へ逃(に)がした。その後(ご)ここいらの名主(なぬし)さんとなり酒造(さけづく)りは200年(ねん)ぐらい前(まえ)から。秩父(ちちぶ)山系(さんけい)の水(みず)を使(つか)う。

6.小澤(おざわ)酒造(しゅぞう)

桑乃都

  1. 八王子市(はちおうじし)八木町(やぎちょう)2-15
  2. 「桑乃都(くわのみやこ)」
  3. 創業(そうぎょう)大正(たいしょう)15(1926)年(ねん)。青梅(おうめ)の小澤(おざわ)家(け)から分家(ぶんけ)した。お酒(さけ)の名(な)は八王子(はちおうじ)にはなじみ深(ふか)いもの。(八王子(はちおうじ)は古(ふる)くから「桑都(そうと)」と呼(よ)ばれていたんだ。)

7.西岡(にしおか)酒造(しゅぞう)

社会冠

  1. 八王子市(はちおうじし)八木町(やぎちょう)5-40
  2. 「社会(しゃかい)冠(かん)」「高尾錦(たかおにしき)」「千人隊(せんにんたい)」「新選組(しんせんぐみ)」「江戸っ子(えどっこ)正宗(まさむね)」
  3. 八王子(はちおうじ)で醸造(じょうぞう)を始(はじ)めて300年(ねん)。ただし初(はじ)めの200年(ねん)はおしょうゆをつくっていた。「江州店(ごうしゅうだな)」といって近江(おうみ)商人(あきんど)のおみせ。家族(かぞく)を故郷(こきょう)に残(のこ)し、ご主人(しゅじん)だけがおみせに働(はたら)きにでるというめずらしい形(かたち)をとっていたそうな。(単身(たんしん)赴任(ふにん)てやつだなー)

8.白春(はくしゅん)酒造(しゅぞう)

白春

  1. 八王子市(はちおうじし)東中野(ひがしなかの)
  2. 「白春(はくしゅん)」「つや娘(むすめ)」
  3. 大正(たいしょう)10(1921)年(ねん)創業(そうぎょう)。ここの水(みず)は丹沢(たんざわ)水系(すいけい)。

9.中村(なかむら)酒造(しゅぞう)

千代鶴

  1. あきる野市(のし)牛沼(うしぬま)63
  2. 「千代鶴(ちよづる)」
  3. 創業(そうぎょう)は文政(ぶんせい)12(1829)年(ねん)。かつてはすぐ近(ちか)くを流(なが)れる秋川(あきがわ)に鶴(つる)がおりて来(き)たという。お酒(さけ)の名(な)はこのことにちなんでつけられた。

10.石川(いしかわ)酒造(しゅぞう)

多満自慢

  1. 福生市(ふっさし)大字(おおあざ)熊川(くまがわ)1-1
  2. 「多満(たま)自慢(じまん)」「八重梅(やえうめ)」
  3. 天保(てんぽう)11(1840)年(ねん)創業(そうぎょう)。福生(ふっさ)には江戸(えど)時代(じだい)の初(はじ)めから住(す)み、代々(だいだい)熊川村(くまがわむら)の名主(なぬし)をつとめた。慶応(けいおう)3(1867)年(ねん)には水田(すいでん)開発(かいはつ)の大事業(だいじぎょう)を完成(かんせい)。明治(めいじ)にはいるとビール製造(せいぞう)の技術(ぎじゅつ)をとりいれて「日本(にほん)麥酒(びーる)」というのを発売(はつばい)もした。『石川(いしかわ)酒造(しゅぞう)文書(もんじょ)』という本(ほん)も出(だ)していて歴史(れきし)的(てき)にも貴重(きちょう)な情報(じょうほう)がおさめられている。

11.田村(たむら)酒造(しゅぞう)

嘉泉

  1. 福生市(ふっさし)大字(おおあざ)福生(ふっさ)626
  2. 「嘉泉(かせん)」
  3. 福生村(ふっさむら)の名主(なぬし)、田村(たむら)家(け)の歴史(れきし)は300年(ねん)以上(いじょう)。玉川(たまがわ)上水(じょうすい)から2本(ほん)だけひかれた個人用(こじんよう)の分水(ぶんすい)の1本(ぽん)は田村(たむら)家(け)に流(なが)れた。おぼえがきによれば、創業(そうぎょう)は文政(ぶんせい)5(1822)年(ねん)。
    分水(ぶんすい)には水車(すいしゃ)をおいて、米(こめ)の精製(せいせい)をしていたという。酒造(さけづく)りもそのあたりから出発(しゅっぱつ)しているらしい。

12.渡辺(わたなべ)酒造(しゅぞう)

吟雪

  1. 武蔵村山市(むさしむらやまし)中藤(なかとう)1-15-1
  2. 「吟雪(ぎんせつ)」
  3. 代々(だいだい)おしょうゆを醸造(じょうぞう)していて、酒造(さけづく)りを始(はじ)めたのは明治(めいじ)10(1877)年(ねん)。どういう名(な)まえのお酒(さけ)にするか話(はな)し合(あ)っていた時(とき)にちょうど雪(ゆき)がふってきて、命名(めいめい)のきっかけになった。はじめ「雪華(せっか)」それがのちに「吟雪(ぎんせつ)」に。

13.豊嶋屋(としまや)酒造(しゅぞう)

金婚

  1. 東村山市(ひがしむらやまし)久米川町(くめがわちょう)3-14-10
  2. 「金婚(きんこん)正宗(まさむね)」「お江戸(えど)日本橋(にほんばし)」
  3. 慶長(けいちょう)元(がん)(1595)年(ねん)白酒造(しろざけづく)りがこの酒造(しゅぞう)のはじまり。初代(しょだい)重兵衛(じゅうべえ)の夢枕(ゆめまくら)に女神(めがみ)が立(た)って白酒(しろざけ)の造(つく)り方(かた)を教(おし)えたという。

もとは神田(かんだ)鎌倉町(かまくらちょう)にあり、絵師(えし)安藤(あんどう)広重(ひろしげ)に「豊島屋(としまや)白酒(しろざけ)売出図(うりだしのず)」として描(えが)かれた。
東村山(ひがしむらやま)に移(うつ)ったのは明治(めいじ)30年(ねん)以降(いこう)。

14.野口(のぐち)酒造(しゅぞう)

  1. 府中市(ふちゅうし)宮西町(みやにしちょう)4-2-1
  2. 「国府(こう)鶴(づる)」「江戸(えど)鶴」
  3. むかし大國魂(おおくにたま)の神(かみ)である大国主命(おおくにぬしのみこと)が府中(ふちゅう)を訪(おとず)れた時(とき)、野口(のぐち)家(け)がこころよく宿(やど)を貸(か)したという言(い)い伝(つた)えがある。それにのっとって、毎年(まいとし)5月(がつ)の大國魂(おおくにたま)神社(じんじゃ)のくらやみ祭(まつ)りでは、「野口(のぐち)の仮屋(かりや)」の儀式(ぎしき)がおこなわれる。もとは神職(しんしょく)だったともいわれ、神様(かみさま)とのつながりの深(ふか)い酒造(しゅぞう)。

15.川田(かわだ)酒造(しゅぞう)

大綬

  1. 町田市(まちだし)旭町(あさひまち)
  2. 「大綬(だいじゅ)」「井出(いで)の澤(さわ)」
  3. 町田市(まちだし)には元禄(げんろく)10(1697)年(ねん)には、もういくつかの造(つく)り酒屋(ざかや)があったとか。

川田(かわだ)酒造(しゅぞう)は創業(そうぎょう)明治(めいじ)24(1891)年(ねん)。はじめ神奈川県(かながわけん)柿生(かきお)で、明治(めいじ)30年(ねん)代(だい)に町田(まちだ)に越(こ)して来(き)たという。

16.土屋(つちや)酒造(しゅぞう)(休蔵中(きゅうぞうちゅう))

鳳桜

  1. 狛江市(こまえし)岩戸(いわど)南(みなみ)1-5-2
  2. 「鳳桜(おおとりさくら)」「とうきょう地酒(じざけ)」「ちょうふ地酒(じざけ)」
  3. いーっぱいちょうだいね 土屋(つちや)家(け)は江戸(えど)時代(じだい)よりも前(まえ)からこの地(ち)に住(す)みついていたのだそうな。明治(めいじ)7(1874)年(ねん)に酒造(さけづく)りを始(はじ)めて、そのころは土地(とち)の人(ひと)たちはとっくりをさげて買(か)いに来(き)たって。お酒(さけ)に「鳳桜」と名(な)をつけたのは昭和(しょうわ)の初(はじ)め。「ほうおう」と読(よ)んでいたのが戦後(せんご)「おおとりさくら」と読(よ)むようになった。

麹(こうじ)ってなあに?

米(こめ)・麦(むぎ)・大豆(だいず)などにコウジカビなどのカビをはやしたもの。
カビのつくりだす酵素(こうそ)がでんぷん・たんぱく質(しつ)をそれぞれ、糖(とう)やアミノ酸(さん)に分解(ぶんかい)することを利用(りよう)して、酒(さけ)、みそ、しょうゆや、つけもの、お菓子(かし)などをつくるのに利用(りよう)される。
麹(こうじ)を利用(りよう)する技術(ぎじゅつ)は、東(ひがし)アジアの地域(ちいき)にかぎられる。ヒマラヤから日本(にっぽん)を含(ふく)む亜熱帯(あねったい)~暖温帯(だんおんたい)を中心(ちゅうしん)に北(きた)は中国(ちゅうごく)、南(みなみ)はインドネシアまで広(ひろ)がっている。

おやくにたつカビです

小平(こだいら)の酒造(しゅぞう)

小平(こだいら)でも、しょうゆの醸造(じょうぞう)や、酒造(しゅぞう)をする家(いえ)は、江戸(えど)時代(じだい)からあった。酒造(しゅぞう)は地主(じぬし)が小作米(こさくまい)(農地(のうち)を借(か)りた人(ひと)が借(か)り賃(ちん)として払(はら)った米(こめ))で営(いとな)むことが多(おお)かった。たいてい11月(がつ)半(なか)ばから、よく年(とし)4月(がつ)半(なか)ばまでの間(あいだ)、新潟(にいがた)から呼(よ)ばれた杜氏(とうじ)が酒造(さけづく)りをおこなった。右(みぎ)の表(ひょう)の最後(さいご)にのっている「當麻(たいま)家(け)」などは、多摩(たま)でも相当(そうとう)大(おお)きな商人(しょうにん)だったらしい。しょうゆ、酒(さけ)の醸造(じょうぞう)を手(て)広(びろ)くやっていた。「當麻(たいま)家(け)文書(もんじょ)」によると、しょうゆは文化(ぶんか)10(1813)年(ねん)から始(はじ)め、酒造(しゅぞう)は文化(ぶんか)7(1810)年(ねん)に役所(やくしょ)の許(ゆる)しを得(え)ている。最(もっと)も事業(じぎょう)が盛(さか)んだった文政(ぶんせい)11(1828)年(ねん)には、1,070石(こく)(1石(こく)=やく180リットル)もの酒造(しゅぞう)をおこなった。
明治(めいじ)の初(はじ)め頃(ころ)までは、いくつもあった小平(こだいら)の酒造(しゅぞう)なのだけれど、明治(めいじ)14、5年(ねん)頃(ごろ)の不況(ふきょう)の時期(じき)にパタパタとやめてしまった。その中(なか)でただひとつ、鈴木(すずき)酒造(しゅぞう)だけが昭和(しょうわ)62(1897)年(ねん)までつづいた。

明治の初め頃の小平の酒造
持(も)ち主(ぬし)のなまえ あったところ 免許(めんきょ)のしゅるい 持(も)っていた土地(とち)の面積(めんせき)
立川(たちかわ) 勝(かつ)五郎(ごろう) 小川村(おがわむら) 清酒(せいしゅ) 16町(ちょう)5反(たん)5畝(せ)3歩(ぶ)(49.653坪(つぼ))
宮寺(みやでら) 熊(くま)右衛門(えもん) 小川村(おがわむら) 清酒(せいしゅ) 16町(ちょう)4反(たん)0畝(せ)28歩(ぶ)(49.228坪(つぼ))
金子(かねこ) 鶴蔵(つるぞう) 小川村(おがわむら) 清酒(せいしゅ) 15町(ちょう)0反(たん)5畝(せ)22歩(ぶ)(45.172坪(つぼ))
小野(おの) 弥(や)右衛門(えもん) 小川村(おがわむら) 濁酒(にごりざけ) 3町(ちょう)7反(たん)2畝(せ)12歩(ぶ)(11.172坪(つぼ))
加藤(かとう) 銀蔵(ぎんぞう) 小川村(おがわむら) 濁酒(にごりざけ) 1町(ちょう)1反(たん)1畝(せ)16歩(ぶ)(3.346坪(つぼ))
吉田(よしだ) 徳(とく)兵衛(べえ) 小川(おがわ)新田(しんでん) 濁酒(にごりざけ) 不明(ふめい)
當麻(たいま) 弥左衛門(やざえもん) 大沼田(おおぬまた)新田(しんでん) 不明(ふめい) 30町(ちょう)4反(たん)4畝(せ)18歩(ぶ)(91.338坪(つぼ))

鈴木(すずき)酒造(しゅぞう)

面積の単位はこうです!

  1. 場所(ばしょ);小平市(こだいらし)小川町(おがわちょう)1-781
  2. つくっていたお酒(さけ)の銘柄(めいがら);「冨久浦(ふくうら)」
    初代(しょだい)の茂作(もさく)さんという人(ひと)は、杜氏(とうじ)が多(おお)く生(う)まれる新潟県(にいがたけん)は柏崎(かしわざき)の出身(しゅっしん)。茂作(もさく)さんも東京(とうきょう)や埼玉(さいたま)の造(つく)り酒屋(ざかや)で働(はたら)き、やがて、小川村(おがわむら)の金子(かねこ)鶴蔵(つるぞう)さんのところで親方(おやかた)になった。20年間(ねんかん)働(はたら)いて、明治(めいじ)17(1884)年(ねん)、独(ひと)り立(だ)ち。スタートは埼玉県(さいたまけん)入間市(いるまし)であった。「冨久浦(ふくうら)」というお酒(さけ)の名(な)はふるさと新潟(にいがた)の美(うつく)しい「福浦(ふくうら)八景(はっけい)」と“久(ひさ)しく富(と)み栄(さか)えるように”という願(ねが)いをこめてつけた。小平(こだいら)に移(うつ)って来(き)たのは、その5年(ねん)後(ご)。もとのつとめ先(さき)だった金子(かねこ)さんが酒造(しゅぞう)をやめるというので、蔵(くら)を買(か)いとってのおひっこしだった。

いまは蔵をおしめになってしまってざんねんです

日本酒(にほんしゅ)のちしき あれこれ

純米(じゅんまい)醸造(じょうぞう)

米(こめ)と米(こめ)麹(こうじ)だけで造(つく)った清酒(せいしゅ)。これが日本(にっぽん)のお酒(さけ)のもともとのつくり方(かた)だ。

本(ほん)醸造(じょうぞう)(本造(ほんづく)り、本仕込(ほんじこ)みとも)

米(こめ)と米(こめ)麹(こうじ)に醸造(じょうぞう)用(よう)アルコールを少(すこ)し(白米(はくまい)1トンにつき120リットル以下(いか))使(つか)う。糖類(とうるい)は加(くわ)えない。

吟醸(ぎんじょう)

玄米(げんまい)を40%以上(いじょう)精白(せいはく)した米(こめ)からつくる。(ふつうに食(た)べる白米(はくまい)だって精白(せいはく)率(りつ)は7%だ!)
良(よ)いお酒(さけ)をつくるには、米(こめ)をよくみがくことが大切(たいせつ)だった。吟醸(ぎんじょう)酒(しゅ)には独特(どくとく)のよい香(かお)りがするんだって。

手(て)造(づく)り

ずっと伝(つた)えられてきた昔(むかし)ながらの醸造(じょうぞう)のしかたで造(つく)られたお酒(さけ)をいう。

原酒(げんしゅ)

ふつう日本酒(にほんしゅ)は発酵(はっこう)がおわると酒(さけ)かすをとって、こし、その後(ご)水(みず)を加(くわ)えて整(ととの)える。原酒(げんしゅ)はその水(みず)を加(くわ)えない元(もと)のお酒(さけ)。アルコール度(ど)も20度(ど)前後(ぜんご)と高(たか)い。

秘蔵酒(ひぞうしゅ)

この名(な)は5年(ねん)以上(いじょう)貯蔵(ちょぞう)したお酒(さけ)に限(かぎ)ってつけられる。

樽酒(たるざけ)

杉(すぎ)の樽(たる)に入(い)れて、木(き)の香(かお)りをつけたお酒(さけ)。

生一本(きいっぽん)

純米(じゅんまい)で、しかも自分(じぶん)のところで醸造(じょうぞう)したお酒(さけ)に限(かぎ)ってつけられる名(な)。

杜氏(とうじ)

蔵(くら)で酒造(さけづく)りをする人(ひと)たちの頭(かしら)のこと。むかしむかしは刀自(とじ)(一家(いっか)の主婦(しゅふ))がお酒(さけ)を造(つく)ったので、この名(な)がうけつがれたとか、また、中国(ちゅうごく)で初(はじ)めてお酒(さけ)を造(つく)ったと言(い)い伝(つた)えられる「杜康(とこう)」という人(ひと)の名(な)によるともいう。杜氏(とうじ)は酒造(さけづく)りについてのいっさいの権限(けんげん)と責任(せきにん)を負(お)う。お酒(さけ)を造(つく)る工程(こうてい)はもちろん、下(した)で働(はたら)く人々(ひとびと)もまとめあげなければならない。人格(じんかく)、知識(ちしき)、才能(さいのう)といろいろなことが要求(ようきゅう)されるのだ。
杜氏(とうじ)の有名(ゆうめい)な出身(しゅっしん)地(ち)がいくつかある。関西(かんさい)では丹波(たんば)、但馬(たじま)。関東(かんとう)では新潟(にいがた)の越後(えちご)杜氏(とうじ)が有名(ゆうめい)。岩手県(いわてけん)の南部(なんぶ)杜氏(とうじ)、石川県(いしかわけん)の能登(のと)杜氏(とうじ)、岡山県(おかやまけん)の備中(びっちゅう)杜氏(とうじ)、島根県(しまねけん)の出雲(いずも)杜氏(とうじ)、長野県(ながのけん)の諏訪(すわ)杜氏(とうじ)、伊那(いな)杜氏(とうじ)などがある。

甘口(あまくち)と辛口(からくち)

日本酒(にほんしゅ)の甘口(あまくち)・辛口(からくち)の区別(くべつ)ははっきりしたものではない。
糖分(とうぶん)の量(りょう)だけではなく、酸(さん)の量(りょう)によっても飲(の)んだ時(とき)の感(かん)じがちがってくる、という複雑(ふくざつ)でびみょーなもの。(酸(さん)が多(おお)いと辛(から)く感(かん)じる。)
また、糖類(とうるい)を加(くわ)えなくても、米(こめ)の糖化(とうか)を十分(じゅうぶん)すれば甘口(あまくち)になる。
発酵(はっこう)を早(はや)めにとめれば辛口(からくち)になる。

どうしてお酒(さけ)と名(な)がついた?

ありがたやー 杜康(とこう)が初(はじ)めてお酒(さけ)を造(つく)ったのが「酉(とり)の年」だったからという説(せつ)もあるけれど。
「酒(さけ)」の字(じ)は酒壷(さけつぼ)をあらわす形(かたち)「酒壺の画像」がもと。「さけ」という呼(よ)びかたは「栄(さか)え」のつまったもの、とか邪気(じゃき)を避(さ)ける意味(いみ)の「避(さ)け」から転(てん)じたとかいわれる。
 

日本酒(にほんしゅ)ができるまで

たくさんの時間と人手と愛情をそそぎこまれて生まれてきたんですねえ

  1. 精米(せいまい)
  2. 洗米(せんまい)・浸漬(しんし)
  3. 蒸米(じょうまい)
  4. 麹(こうじ)
  5. 酒母(しゅぼ)(〓(もと))
  6. 仕込しこみ
    初添はつぞえ 仕込しこみ第だい1回目かいめ
    踊おどり 初添はつぞえの次つぎの1日にちをそのままにして発酵はっこうさせること。
    仲なか添ぞえ 仕込しこみ第だい2回目かいめ。初添はつぞえから3日目みっかめに原料げんりょうを加くわえる。
    留とめ添ぞえ 仕込しこみ第だい3回目かいめ。初添はつぞえから4日目よっかめ。
  7. 圧搾(あっさく)
  8. 滓引(おりびき)
  9. 加熱(かねつ)
  10. 貯蔵(ちょぞう)
  11. 調合(ちょうごう)
  12. びん詰(づ)め

1.精米(せいまい)する

酒造(さけづく)りに精白(せいはく)したお米(こめ)を使(つか)うようになったのは、室町(むろまち)時代(じだい)頃(ころ)かららしい。それまで、日本酒(にほんしゅ)は玄米(げんまい)で造(つく)られていたようだ。けれど、よく精白(せいはく)したお米(こめ)で造(つく)った方(ほう)が色(いろ)も、味(あじ)も、香(かお)りもいいんだって。

2.お米(こめ)を洗(あら)って、水(みず)に浸(ひた)す

吟醸酒は今でも手で洗うとか精白(せいはく)したお米(こめ)は、よく洗(あら)って、表面(ひょうめん)についているヌカなどを取(と)りのぞく。洗(あら)ったら、しばらく水(みず)につけておく。水(みず)をほどよく吸(す)わせると、うまく蒸(む)せるからなんだ。

3.お米(こめ)を蒸(む)す

蒸米(じょうまい)機(き)という機械(きかい)もあるけれど、手(て)造(づく)りの場合(ばあい)は「甑(こしき)」(せいろの一種(いっしゅ))に入(い)れて強(つよ)い蒸気(じょうき)で蒸(む)す。こうしてできた蒸米(じょうまい)は「麹(こうじ)用(よう)」「酒母(しゅぼ)用(よう)」「もろみ用(よう)」と3通(とお)りに使(つか)われる。
蒸したお米は早朝の冷気でさますのがもっともよいそうです

4.麹(こうじ)づくり

冷(さ)めた蒸米(じょうまい)は麹(こうじ)室(むろ)に運(はこ)ばれる。そこで種麹(もやし)(麹(こうじ)菌(きん))をうえつけ、繁殖(はんしょく)させて、麹(こうじ)をつくる。

5.酒母(しゅぼ)(お酒(さけ)の〓(もと))づくり

山卸(やまおろし)…昔(むかし)ながらの造(つく)り方(かた)。蒸米(じょうまい)に麹(こうじ)・水(みず)をまぜて、すりつぶす。ときどきかきまぜ、暖(あたた)かくしてやって、空気中(くうきちゅう)の乳酸(にゅうさん)や酵母(こうぼ)による発酵(はっこう)を待(ま)つ。この自然(しぜん)な方法(ほうほう)でできる酒母(しゅぼ)は「生〓(きもと)」という。でもできあがるのに1ヵ月(げつ)近(ちか)くもかかるし、その間(かん)の世話(せわ)も大変(たいへん)。
速醸(そくじょう)〓(もと)…まず乳酸(にゅうさん)や他(ほか)の酸(さん)を、さらに酵母(こうぼ)を人(ひと)の手(て)で加(くわ)えて、つくる方法(ほうほう)。これだと山卸(やまおろし)にくらべて、だいぶ短(みじか)い日数(にっすう)で酒母(しゅぼ)をつくることができる。

6.仕込(しこ)み

酒母(しゅぼ)と麹(こうじ)と蒸米(じょうまい)、水(みず)を加(くわ)えて、三段階(だんかい)に分け、4日間(かかん)かけて仕込(しこ)む。さらに20日間(はつかかん)発酵(はっこう)させて「もろみ」ができあがる。

7.もろみをしぼる

発酵(はっこう)のおわったもろみはしぼって、酒(さけ)かすと分(わ)ける。今(いま)はしぼり機(き)があるけれど、昔(むかし)はみんな5升ぐらいずつ、麻(あさ)だの綿(めん)だのの袋(ふくろ)に入(い)れ、酒船(さかぶね)(酒槽とも書(か)く。桶(おけ)のこと。)に積(つ)みこんでしぼった。
(1升(しょう) :およそ1.8リットル)

8.おり引(びき)

しぼったお酒(さけ)は、まだかなり白(しろ)く濁(にご)っている。タンクに入(い)れ7日(なのか)から10日(とうか)ぐらい置(お)いておりがたまったら、取(と)りのぞく。
【おり】液(えき)の底(そこ)にしずむカスのこと。

9.火(ひ)入(い)れ

60~65 度(ど)までで、加熱(かねつ)殺菌(さっきん)。

10.貯蔵(ちょぞう)

熱(あつ)いお酒(さけ)をタンクに入(い)れ、さまして、熟成(じゅくせい)させる。

11. お酒(さけ)の種類(しゅるい)によっては、ここで水(みず)が加(くわ)えられ、アルコール分(ぶん)が調整(ちょうせい)される。

12.びん詰(づ)め

お酒(さけ)をびんに詰(つ)めた後(あと)、再(ふたた)び火(ひ)入(い)れ。詮(せん)をして、ラベルを貼(は)って出荷(しゅっか)する。

酔(よ)っぱらいかたは変化(へんか)する

お酒(さけ)を飲(の)むと、アルコールは胃腸(いちょう)から直接(ちょくせつ)、しかもすばやく吸収(きゅうしゅう)され、血液(けつえき)の中(なか)にとけこんでからだじゅうをかけめぐる。「お酒(さけ)に酔(よ)う」というのは吸収(きゅうしゅう)されたアルコールに対(たい)するからだや心(こころ)の反応(はんのう)なんですね。お酒(さけ)の酔(よ)い方(かた)は強(つよ)い、弱(よわ)いとか、人(ひと)それぞれだけど。
飲(の)んだお酒(さけ)の量(りょう)を血液(けつえき)の中(なか)のアルコールの濃度(のうど)ではかり、体重(たいじゅう)60キログラムの人(ひと)を基準(きじゅん)にすると、だいたいこんなめやすでこんな酔(よ)い方(かた)になるらしい。大人(おとな)になったら、気(き)をつけたいもんだぞ。

お酒ははたちになってから

おとうさん必見! これだけ飲むとこんな酔い
アルコール血中(けっちゅう)濃度(のうど)と飲(の)む量(りょう)のめやす どんなになっちゃうかの説明(せつめい)
0.02~0.04パーセント
日本酒(にほんしゅ)おちょうし、またはビール大(おお)びん1本(ぽmm)
これから本調子よーおいしく飲(の)めて、お酒(さけ)に対(たい)する特異(とくい)体質(たいしつ)でない限(かぎ)り、外目(そとめ)にはわかりません。
0.05~0.07パーセント
日本酒(にほんしゅ)おちょうし、またはビール大(おお)びん1~1.5本(ほん)
ぼくっていつもほがらかなんだけどほろ酔(よ)い はじまり
からだがあったまってほがらかになる。
0.08~0.1パーセント
日本酒(にほんしゅ)おちょうし、またはビール大(おお)びん2本(ほん)
ぱああっといっちゃうぞほろ酔(よ)い まっただなか
判断(はんだん)は正(ただ)しくなくなり、おしゃべりになる。感情(かんじょう)はもりあがっちゃって、自分(じぶん)をとどめる気(き)持(も)ちが弱(よわ)くなり、行動(こうどう)は軽(かる)はずみになる。
0.1~0.15パーセント
日本酒(にほんしゅ)おちょうし、またはビール大(おお)びん3本(ぼん)
もう10回くりかえしてるのんべ状態(じょうたい)
何(なに)も気(き)にならなくなる。同(おな)じことをくりかえししゃべるようになる。
0.16~0.3パーセント
日本酒(にほんしゅ)おちょうし、またはビール大(おお)びん5本(ほん)
なに言ってるかわかんないもーん言葉(ことば)はろれつがまわらなくなりちどり足(あし)。くだをまき、怒(おこ)りやすくなる。恥(は)ずかしいという気(き)持(も)ちがなくなって、行動(こうどう)がらんぼうになる。
0.4%程度(ていど)
日本酒(にほんしゅ)、1升(しょう)(1.8リットル)、またはビール大(おお)びん10本(ぽん)
こってーん泥酔(でいすい)状態(じょうたい)
力(ちから)がぬけ、ころんで歩(ある)けなくなる。ひとりごとをいうが、支離滅裂(しりめつれつ)。ついには意識(いしき)なく眠(ねむ)りこんでしまう。
0.5%以上(いじょう)
日本酒(にほんしゅ)1升(しょう)以上(いじょう)
非常(ひじょう)に危険(きけん)な状態(じょうたい)。呼吸(こきゅう)マヒがおこればそのまま死(し)んでしまう。

ここまで飲むもんじゃないよな

日本酒(にほんしゅ)の歴史(れきし)

(カッコ)内(ない)はその記録(きろく)が成立(せいりつ)した年(とし)

『古事記(こじき)』(712)や『日本書記(にほんしょき)』(720)によると、日本(にっぽん)の酒造(さけづく)りの技術(ぎじゅつ)は、5世紀(せいき)の初(はじ)め頃(ころ)、百済(くだら)を経(へ)て、中国(ちゅうごく)から伝(つた)わったようになっている。
でも、もともと日本(にっぽん)古来(こらい)のお酒(さけ)の造(つく)り方(かた)があるところに、外国(がいこく)からの技術(ぎじゅつ)がとり入(い)れられた、という程度(ていど)ではないかと考(かんが)えられる。日本酒(にほんしゅ)は日本(にっぽん)独自(どくじ)のものだからね。
記録(きろく)に残(のこ)る酒造(さけづく)りとしては『日本書記(にほんしょき)』に「木花開耶姫(コノハナサクヤビメ)が天甜酒(アマノタムザケ)をかもした」とある。また、『古事記(こじき)』では、「速須佐之男命(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治(たいじ)の時(とき)、お酒(さけ)を使(つか)った」とある。
『播磨国(はりまのくに)風土記(ふどき)』(713~715)には「乾飯(カレイイ)で酒(さけ)をかもした」と日本(にっぽん)で最初(さいしょ)の“麹(こうじ)”の話(はなし)がのっている。

縄文(じょうもん)時代(じだい)~(果実酒(かじつしゅ)時代(じだい))

縄文時代~まず初(はじ)めは山(やま)ブドウだのの果物(くだもの)や、シイ、トチといった木(き)の実(み)でお酒(さけ)を造(つく)っていたのではないかな。
果物(くだもの)は糖分(とうぶん)をふくんでいるから、自然(しぜん)の酵母(こうぼ)でお酒(さけ)になる。でも、木(き)の実(み)のでんぷん質(しつ)は糖分(とうぶん)にかえてやらないと発酵(はっこう)しない。そこで木(き)の実(み)は口(くち)でよくかみ、だ液(えき)のはたらきで糖(とう)にかえ、“口(くち)かみの酒(さけ)”を造(つく)ったのだろう。

弥生(やよい)時代(じだい)~

日本酒(にほんしゅ)の原材料(げんざいりょう)、お米(こめ)の作(つく)り方(かた)がはじめて、大陸(たいりく)から伝(つた)えられる。

古墳(こふん)時代(じだい)~

一般(いっぱん)の人(ひと)びとが造(つく)ったお酒(さけ)と同(おな)じものだったかどうかはわからないけれど、朝廷(ちょうてい)でも宮内省(くないしょう)の造酒司(さけのつかさ)というところで、酒造(さけづく)りは行(おこな)われていた。
朝廷(ちょうてい)の行事(ぎょうじ)やならわしの規則(きそく)をかいた『延喜式(えんぎしき)』(927)には、昔(むかし)からの方法(ほうほう)の酒造(さけづく)りがくわしく書(か)かれている。新嘗会(しんじょうえ)といって、その年(とし)の収穫(しゅうかく)をもって神(かみ)を祭(まつ)る儀式(ぎしき)のためのお酒(さけ)だ。
この当時(とうじ)の人(ひと)はねんがらねんじゅうお酒(さけ)を飲(の)んでいるわけじゃない。朝廷(ちょうてい)の儀式(ぎしき)とか、一般(いっぱん)の人(ひと)たちもお祭(まつり)の時(とき)とか、機会(きかい)は限(かぎ)られていた。
ぼくなんかねんがらねんじゅうのんでるー 朝廷(ちょうてい)の酒造(さけづく)りの技術(ぎじゅつ)はだんだんと世間(せけん)に広(ひろ)まって、奈良(なら)時代(じだい)以降(いこう)は、力(ちから)を持(も)ちはじめた寺院(じいん)や神社(じんじゃ)でも行(おこな)われるようになった。

平安(へいあん)時代(じだい)末(すえ)~室町(むろまち)時代(じだい)

経済(けいざい)が発達(はったつ)してくると、お酒(さけ)も商品(しょうひん)として見(み)られるようになる。いつのまにか朝廷(ちょうてい)での酒造(さけづく)りはとりやめられ、かわりに権力者(けんりょくしゃ)とか、寺院(じいん)や神社(じんじゃ)とかが、特定(とくてい)の人(ひと)に酒造(さけづく)りの権利(けんり)を与(あた)えて、かわりに税金(ぜいきん)をとる制度(せいど)になっていった。

室町(むろまち)時代(じだい)末(すえ)~江戸(えど)時代(じだい)初(はじ)め

このあたりで酒造(さけづく)りの技術(ぎじゅつ)はぐんと発達(はったつ)したらしい。『多聞院(たもんいん)日記(にっき)』というお寺(てら)の記録(きろく)には酒造(さけづく)りの説明(せつめい)があって、このころすでに低温(ていおん)殺菌(さっきん)法(ほう)である「火(ひ)入(い)れ」を行(おこな)っていたのがわかる。

明治(めいじ)時代(じだい)初(はじ)め

びんづめの日本酒(にほんしゅ)が初(はじ)めて売(う)り出(だ)される。

お酒はたのしく、ほどほどに

参考(さんこう)にした本(ほん)

「日本の酒(岩波)」

「東京の地酒」
「日本の銘酒地図」
「日本酒の歴史」
「吟醸酒」
「地酒礼讃」
「酒の博物館」
「酒ざかり日本列島」
「現代日本酒名鑑」
「平凡社大百科事典」
「小平町誌」
「小平市三〇年史」
「たまのあゆみ 第44号 特集多摩の産物」ほかいろいろ

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掲載日 令和7年8月1日