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33. これが武蔵国(むさしのくに)だっ!

武蔵国(むさしのくに)とは

むかし、むかし。律令(りつりょう)国家(こっか)(注釈)の頃(ころ)の日本(にっぽん)は、五畿(ごき)七道(しちどう)に分(わ)かれておりましたとさ。
五畿(ごき)というのは、山城(やましろ)、大和(やまと)、河内(かわち)、和泉(いずみ)、摂津(せっつ)の畿内(きない)5か国(こく)のこと。
畿内(きない)とは、朝廷(ちょうてい)の周辺(しゅうへん)の特別(とくべつ)地域(ちいき)として、646(大化(たいか)2)年(ねん)に設(もう)けられたもの。
そして、都(みやこ)を中心(ちゅうしん)に地方(ちほう)へのびる幹線(かんせん)道路(どうろ)をもとにして、全国(ぜんこく)を7つの地方(ちほう)に分(わ)けたのが七道(しちどう)。七道(しちどう)のそれぞれはさらにいくつかの国(くに)に分(わ)かれていた。
讃岐うどんとか薩摩じょうちゅうとか… これらの古(ふる)い国(くに)の名(な)は、今(いま)でもけっこうあちこちで聞(き)くことがあると思(おも)うけれど。

 

(注釈)律令(りつりょう)国家(こっか)とは…

律令(りつりょう)や格式(きゃくしき)などの法律(ほうりつ)に基(もとづ)いて治(おさ)められる国家(こっか)。
大化改新(たいかのかいしん)~平安(へいあん)時代(じだい)頃(ごろ)までの日本(にっぽん)をいう。

東国(とうごく)に武蔵国(むさしのくに)の名(な)も見(み)える。今(いま)の東京都(とうきょうと)、埼玉県(さいたまけん)と神奈川県(かながわけん)の川崎市(かわさきし)、横浜市(よこはまし)あたりを範囲(はんい)とする大国(たいこく)だ。
初(はじ)めは无邪志(むざし)、胸刺(むなさし/むさし)、知々夫(ちちぶ)の三国(ごく)に分(わ)かれていた。大化改新(たいかのかいしん)(645年(ねん))でひとつの国(くに)になり、713(和銅(わどう)6)年(ねん)には、「武蔵(むさし)」の字(じ)があてられるようになった。
五畿(ごき)七道(しちどう)のうちの東山道(とうさんどう)に属(ぞく)していたのだけれど、771(宝亀(ほうき)2)年(ねん)10月(がつ)に東海道(とうかいどう)に属(ぞく)するようになった。武蔵国(むさしのくに)東部(とうぶ)と下総国(しもうさのくに)西部(せいぶ)の間(あいだ)にあって、両国(りょうこく)の交通(こうつう)を困難(こんなん)にしていた「埼玉(さきたま)の入江(いりえ)」が、しだいに埋(う)まっていって、往(ゆ)き来(き)が楽(らく)になったことがその理由(りゆう)らしい。また、この時期(じき)には大陸(たいりく)からの渡来人(とらいじん)も武蔵国(むさしのくに)に移(うつ)り住(す)んだ。
平安(へいあん)時代(じだい)には、武蔵七党(むさししちとう)や坂東(ばんどう)八(はち)平氏(へいし)などの武士団(ぶしだん)がこの地(ち)に生(う)まれる。武家(ぶけ)政治(せいじ)のはじまり、鎌倉(かまくら)時代(じだい)には、武蔵国(むさしのくに)は関東(かんとう)分国(ぶんこく)(源頼朝(みなもとのよりとも)が直接(ちょくせつ)支配(しはい)する領地(りょうち))であった。
室町(むろまち)時代(じだい)には鎌倉(かまくら)公方(くぼう)、次(つぎ)に上杉(うえすぎ)氏(し)が治(おさ)め、さらに小田原(おだわら)の後北条氏(ごほうじょうし)が支配(しはい)。1590(天正(てんしょう)18)年(ねん)には、後北条氏(ごほうじょうし)が滅(ほろ)んで、徳川(とくがわ)家康(いえやす)、関東(かんとう)入国(にゅうごく)とあいなりましたとさ。

江戸(えど)時代(じだい)ちょっと前(まえ)(天正(てんしょう)10年(ねん))の日本(にっぽん)

江戸時代ちょっと前の日本

西海道(さいかいどう)

  1. 筑前(ちくぜん)(今(いま)の福岡県(ふくおかけん))
  2. 筑後(ちくご)(今(いま)の福岡県(ふくおかけん))
  3. 豊前(ぶぜん)(今(いま)の福岡県(ふくおかけん)、大分県(おおいたけん))
  4. 豊後(ぶんご)(今(いま)の大分県(おおいたけん))
  5. 肥前(ひぜん)(今(いま)の佐賀県(さがけん)、長崎県(ながさきけん))
  6. 肥後(ひご)(今(いま)の熊本県(くまもとけん))
  7. 日向(ひゅうが)(今(いま)の宮崎県(みやざきけん))
  8. 薩摩(さつま)(今(いま)の鹿児島県(かごしまけん))
  9. 大隅(おおすみ)(今(いま)の鹿児島県(かごしまけん))
  10. 壱岐(いき)(今(いま)の長崎県(ながさきけん))
  11. 対馬(つしま)(今(いま)の長崎県(ながさきけん))
  12. 琉球(りゅうきゅう)(今(いま)の沖縄県(おきなわけん))

南海道(なんかいどう)

  1. 紀伊(きい)(今(いま)の和歌山県(わかやまけん)、三重県(みえけん))
  2. 淡路(あわじ)(今(いま)の兵庫県(ひょうごけん))
  3. 阿波(あわ)(今(いま)の徳島県(とくしまけん))
  4. 讃岐(さぬき)(今(いま)の香川県(かがわけん))
  5. 伊予(いよ)(今(いま)の愛媛県(えひめけん))
  6. 土佐(とさ)(今(いま)の高知県(こうちけん))

山陽道(さんようどう)

  1. 播磨(はりま)(今(いま)の兵庫県(ひょうごけん))
  2. 美作(みまさか)(今(いま)の岡山県(おかやまけん))
  3. 備前(びぜん)(今(いま)の岡山県(おかやまけん))
  4. 備中(びっちゅう)(今(いま)の岡山県(おかやまけん))
  5. 備後(びんご)(今(いま)の広島県(ひろしまけん))
  6. 安芸(あき)(今(いま)の広島県(ひろしまけん))
  7. 周防(すおう)(今(いま)の山口県(やまぐちけん))
  8. 長門(ながと)(今(いま)の山口県(やまぐちけん))

畿内(きない)

  1. 山城(やましろ)(今(いま)の京都府(きょうとふ))
  2. 大和(やまと)(今(いま)の奈良県(ならけん))
  3. 河内(かわち)(今(いま)の大阪府(おおさかふ))
  4. 和泉(いずみ)(今(いま)の大阪府(おおさかふ))
  5. 摂津(せっつ)(今(いま)の大阪府(おおさかふ)、兵庫県(ひょうごけん))

東海道(とうかいどう)

  1. 常陸(ひたち)(今(いま)の茨城県(いばらきけん))
  2. 下総(しもうさ)(今(いま)の千葉県(ちばけん)、茨城県(いばらきけん))
  3. 上総(かずさ)(今(いま)の千葉県(ちばけん))
  4. 安房(あわ)(今(いま)の千葉県(ちばけん))
  5. 武蔵(むさし)(今(いま)の東京都(とうきょうと)、神奈川県(かながわけん)、埼玉県(さいたまけん))
  6. 相模(さがみ)(今(いま)の神奈川県(かながわけん))
  7. 甲斐(かい)(今(いま)の山梨県(やまなしけん))
  8. 駿河(するが)(今(いま)の静岡県(しずおかけん))
  9. 伊豆(いず)(今(いま)の静岡県(しずおかけん))
  10. 遠江(とおとうみ)(今(いま)の静岡県(しずおかけん))
  11. 三河(みかわ)(今(いま)の愛知県(あいちけん))
  12. 尾張(おわり)(今(いま)の愛知県(あいちけん))
  13. 伊勢(いせ)(今(いま)の三重県(みえけん))
  14. 伊賀(いが)(今(いま)の三重県(みえけん))
  15. 志摩(しま)(今(いま)の三重県(みえけん))

東山道(とうさんどう)

  1. 陸奥(むつ)(今(いま)の青森県(あおもりけん)、岩手県(いわてけん)、秋田県(あきたけん)、宮城県(みやぎけん)、福島県(ふくしまけん))
  2. 出羽(でわ)(今(いま)の秋田県(あきたけん)、山形県(やまがたけん))
  3. 下野(しもつけ)(今(いま)の栃木県(とちぎけん))
  4. 上野(こうずけ)(今(いま)の群馬県(ぐんまけん))
  5. 信濃(しなの)(今(いま)の長野県(ながのけん))
  6. 飛騨(ひだ)(今(いま)の岐阜県(ぎふけん))
  7. 美濃(みの)(今(いま)の岐阜県(ぎふけん))
  8. 近江(おうみ)(今(いま)の滋賀県(しがけん))

山陰道(さんいんどう)

  1. 丹波(たんば)(今(いま)の京都府(きょうとふ)、兵庫県(ひょうごけん))
  2. 丹後(たんご)(今(いま)の京都府(きょうとふ))
  3. 但馬(たじま)(今(いま)の兵庫県(ひょうごけん))
  4. 因幡(いなば)(今(いま)の鳥取県(とっとりけん))
  5. 伯耆(ほうき)(今(いま)の鳥取県(とっとりけん))
  6. 出雲(いずも)(今(いま)の島根県(しまねけん))
  7. 石見(いわみ)(今(いま)の島根県(しまねけん))
  8. 隠岐(おき)(今(いま)の島根県(しまねけん))

北陸道(ほくりくどう)

  1. 越後(えちご)(今(いま)の新潟県(にいがたけん))
  2. 佐渡(さど)(今(いま)の新潟県(にいがたけん))
  3. 越中(えっちゅう)(今(いま)の富山県(とやまけん))
  4. 能登(のと)(今(いま)の石川県(いしかわけん))
  5. 加賀(かが)(今(いま)の石川県(いしかわけん))
  6. 越前(えちぜん)(今(いま)の福井県(ふくいけん))
  7. 若狹(わかさ)(今(いま)の福井県(ふくいけん))
  8. 蝦夷(えぞ)(今(いま)の北海道(ほっかいどう))

勢揃(せいぞろ)い! 武蔵国(むさしのくに) 22郡(ぐん)

「 新編(しんぺん)武蔵(むさし)風土記(ふどき)稿(こう)」に書(か)かれているものをあげた。

武蔵国 22郡
なまえ せつめい
1.豊島(としま)郡(ぐん) むかし、東京湾(とうきょうわん)の岸(きし)のまわりにはたくさんの島(しま)があったので、この名(な)がついたのでは、と言(い)う。(その頃(ころ)の東京湾(とうきょうわん)は、豊島(としま)郡(ぐん)の東(ひがし)はしまで入(い)りこんでいた。)海(うみ)につき出(で)た、高(たか)い土地(とち)、という意味(いみ)も。
【特産物(とくさんぶつ)】だいこん、なす、とうがらし、みょうが、うなぎ、磁器(じき)
いまのどのへん? 台東(たいとう)、荒川(あらかわ)、北(きた)、板橋(いたばし)、練馬(ねりま)、豊島(としま)、文京(ぶんきょう)、新宿(しんじゅく)の各区(かくく)と、港(みなと)、渋谷(しぶや)、千代田区(ちよだく)の一部(ぶ)
2.葛飾(かつしか)郡(ぐん) 葛(くず)(マメ科(か)の植物(しょくぶつ))が茂(しげ)る所(ところ)だったので、この名(な)がついた。初(はじ)めは下総国(しもうさのくに)に属(ぞく)していたけれど、江戸(えど)時代(じだい)にはいって、下総(しもうさ)と武蔵国(むさしのくに)とに分(わ)かれた。東京都(とうきょうと)、埼玉県(さいたまけん)、千葉県(ちばけん)の1都(と)2県(けん)にまたがっていたんだ。
【特産物(とくさんぶつ)】なす、ねぎ、のり、鯉(こい)、白魚(しらうお)、鮒(ふな)、うなぎ、早稲米(わせまい)など
いまのどのへん? 葛飾(かつしか)、墨田(すみだ)、江東(こうとう)、江戸川(えどがわ)の各区(かくく)と、埼玉県(さいたまけん)三郷市(みさとし)および鷲宮(わしのみや)、幸手(さって)、杉戸(すぎと)、庄和(しょうわ)、吉川(よしかわ)、松伏(まつふし)の各町(かくまち)のあたり。
3.荏原(えばら)郡(ぐん) 荏胡麻(えごま)(シソ科(か)の1年草(ねんそう))が茂(しげ)る所(ところ)という意味(いみ)の名(な)。
【特産物(とくさんぶつ)】記載(きさい)なし
いまのどのへん? 品川(しながわ)、目黒(めぐろ)、大田(おおた)、世田谷(せたがや)の各区(かくく)と、港(みなと)、千代田区(ちよだく)の一部(ぶ)
4.橘樹(たちばな)郡(ぐん) 日本(やまと)武尊命(たけるのみこと)と弟橘妃(おとたちばなひめ)の伝説(でんせつ)からくる地名(ちめい)だという説(せつ)もあれば、タチ(台地(だいち))のハナ(はしっこ)を意味(いみ)する名(な)だ、という説(せつ)も。
【特産物(とくさんぶつ)】塩(しお)、梨(なし)
いまのどのへん? 神奈川県(かながわけん)川崎市(かわさきし)と、横浜市(よこはまし)の鶴見(つるみ)、神奈川(かながわ)、保土ケ谷(ほどがや)、港北区(こうほくく)のあたり。
5.久良岐(くらき)郡(ぐん) 14世紀(せいき)頃(ごろ)までは「久良」と書(か)かれていた。武蔵国造(むさしのくにのみやつこ)が朝廷(ちょうてい)に献上(けんじょう)した屯倉(みやけ)(米(こめ)をたくわえておく倉(くら))のひとつがここにあって、それを中心(ちゅうしん)に郡(ぐん)ができあがっていったんだろう、といわれる。(「日本書記(にほんしょき)」で西暦(せいれき)500年(ねん)頃(ごろ)のこと。)
【特産物(とくさんぶつ)】魚介(ぎょかい)、塩(しお)
いまのどのへん? 神奈川県(かながわけん)横浜市(よこはまし)の南(みなみ)、中(なか)、磯子(いそご)、金沢(かなざわ)の各区(かくく)と、港南(こうなん)、西区(にしく)の一部(ぶ)。
6.都筑(つづき)郡(ぐん) 崖(がけ)の場所(ばしょ)という意味(いみ)だ、とか、まがりくねる川(かわ)の流(なが)れや、山(やま)ひだにかこまれた場所(ばしょ)という意味(いみ)だとか、高地(こうち)という意味(いみ)だとか、地名(ちめい)の由来(ゆらい)はいろいろある。
【特産物(とくさんぶつ)】柿(かき)、炭(すみ)
いまのどのへん? 神奈川県(かながわけん)横浜市(よこはまし)の緑(みどり)、旭(あさひ)の各区(かくく)と、港北(こうほく)、保土ケ谷(ほどがや)、川崎市(かわさきし)麻生区(あそうく)の一部(ぶ)
7.多摩(たま)郡(ぐん) 多摩(たま)郡(ぐん)の名(な)は多摩川(たまがわ)と結(むす)びついているみたいなんだ。山梨県(やまなしけん)の丹波山(たんばさん)を源(みなもと)とする川(かわ)なので、「丹波(たんば)」からきている名(な)だとする説(せつ)がある。「タバ」とか「タワ」は峠(とうげ)を意味(いみ)する言葉(ことば)なんだって。
そして、この川(かわ)はまた、武蔵国(むさしのくに)の中央(ちゅうおう)を流(なが)れる聖(せい)なる川(かわ)だったから、「聖(せい)なる御霊(みたま)」の意味(いみ)をこめて「タマ川(がわ)」と呼(よ)ぶようになり、このへんの地名(ちめい)も「タマ」となったという説(せつ)もある。
【特産物(とくさんぶつ)】織物(おりもの)
いまのどのへん? 三(さん)多摩(たま)地区(ちく)と、中野(なかの)、杉並(すぎなみ)の各区(かくく)、および世田谷区(せたがやく)の一部(ぶ)。
8.新座(にいざ)郡(ぐん) もともとは「新羅郡」と書(か)かれていたけれど、平安(へいあん)時代(じだい)頃(ごろ)から「新座」と書(か)くようになった。「新羅(しらぎ)」は4世紀(せいき)から10世紀(せいき)頃(ごろ)まで、朝鮮(ちょうせん)半島(はんとう)にあった国(くに)だ。志木(しき)なども新羅(しらぎ)のなまった地名(ちめい)なんだって。郡(ぐん)の名(な)も新羅(しらぎ)からの渡来人(とらいじん)が住(す)んだことに由来(ゆらい)する、という説(せつ)がある。
江戸(えど)時代(じだい)前(まえ)までは「にいくら」と呼(よ)ばれていたらしい。
【特産物(とくさんぶつ)】だいこん、ごぼう、芋(いも)、鯉(こい)、野菜(やさい)いろいろ
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)志木(しき)、朝霞(あさか)、和光(わこう)、新座(にいざ)の各市(かくし)のあたり。
9.足立(あだち)郡(ぐん) タチ(台地(だいち))をあらわす地名(ちめい)だとか、アダ(崖(がけ))をあらわす地名(ちめい)だとかの説(せつ)がある。
【特産物(とくさんぶつ)】渋(しぶ)、紙(かみ)、ヤマノイモ
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)戸田(とだ)、蕨(わらび)、鳩ケ谷(はとがや)、川口(かわぐち)、浦和(うらわ)、与野(よの)、大宮(おおみや)、上尾(あげお)、桶川(おけがわ)、北本(きたもと)、鴻巣(こうのす)の各市(かくし)と北足立(きたあだち)郡(ぐん)のあたり。
10.入間(いるま)郡(ぐん) 谷(たに)などがいりこんだ所(ところ)、という意味(いみ)の地名(ちめい)。
【特産物(とくさんぶつ)】記載(きさい)なし
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)入間(いるま)、所沢(ところざわ)、狭山(さやま)、川越(かわごえ)、上福岡(かみふくおか)、富士見(ふじみ)、坂戸(さかど)の各市(かくし)と入間(いるま)郡(ぐん)のあたり。
11.高麗(こま)郡(ぐん) 紀元前(きげんぜん)1世紀(せいき)から7世紀(せいき)頃(ごろ)まで、朝鮮(ちょうせん)半島(はんとう)にあった「高句麗(こうくり)」という国(くに)からの渡来人(とらいじん)がここに多(おお)く住(す)んだので、この地名(ちめい)がついたという説(せつ)と、「河間(かわま?)」(川(かわ)の間(あいだ)の地(ち))の意味(いみ)という説(せつ)、関東(かんとう)に多(おお)い、駒(こま)(馬(うま))の地名(ちめい)だ、という説(せつ)などいろいろある。
【特産物(とくさんぶつ)】縄(なわ)、むしろ、織物(おりもの)
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)飯能(はんのう)、日高(ひだか)、鶴ケ島(つるがしま)の各市(かくし)のあたり。
12.比企(ひき)郡(ぐん) 「ひき」は「ひく」に通(つう)じて、「低地(ていち)」を意味(いみ)するとも言(い)うけれど、また、「低(ひく)い山(やま)が引(ひ)き連(つ)らなる地(ち)」の意味(いみ)だという説(せつ)も。
【特産物(とくさんぶつ)】紙(かみ)、そうめん
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)の東(ひがし)松山市(まつやまし)と比企(ひき)郡(ぐん)のあたり。
13.横見(よこみ)郡(ぐん) この郡(ぐん)のある位置(いち)が、古代(こだい)の重要(じゅうよう)な道路(どうろ)から横(よこ)に見(み)えるので、この名(な)がついたとか。
【特産物(とくさんぶつ)】記載(きさい)なし
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)比企(ひき)郡(ぐん)吉見町(よしみちょう)のあたり。
14.埼玉(さいたま)郡(ぐん) もともとは「さきたま」と呼(よ)ばれたようだ。前玉(さきたま)神社(じんじゃ)の名(な)に由来(ゆらい)するとも、多摩(たま)の前(まえ)(先(さき))にあるから「さき多摩(たま)」と呼(よ)ばれたのだとも言(い)う。
【特産物(とくさんぶつ)】木綿(もめん)、縞(しま)、もちごめ、ごぼう、そうめん
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)岩槻(いわつき)、春日部(かすかべ)、越谷(こしがや)、久喜(くき)、八潮(やしお)、蓮田(はすだ)、行田(ぎょうだ)、羽生(はにう)、加須(かぞ)の各市(かくし)と、南北(なんぼく)埼玉(さいたま)郡(ぐん)のあたり。
15.大里(おおさと)郡(ぐん)
16.男衾(おぶすま)郡(ぐん)
17.幡羅(はら)郡(ぐん)
幡羅(はら)が「はたら」と呼(よ)ばれるようになったのは、江戸(えど)時代(じだい)以降(いこう)。それより前(まえ)は「ハラ」と呼(よ)んでいた。「ハラ」は平(たい)らな地(ち)をあらわす言葉(ことば)だ。
【特産物(とくさんぶつ)】大里(おおさと)郡(ぐん)=記載(きさい)なし 男衾(おぶすま)郡(ぐん)=絹(きぬ) 幡羅(はら)郡(ぐん)=太織(ふとおり)
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)熊谷(くまがや)、深谷(ふかや)の各市(かくし)と大里(おおさと)郡(ぐん)のあたり。
18.榛沢(はんざわ)郡(ぐん) むかしこのあたりには、大(おお)きな沢(さわ)があって、その左右(さゆう)に榛(はん)の木(き)(カベノキ科(か)の落葉樹(らくようじゅ))が立(た)っていたのでこの地名(ちめい)がついたとか。江戸(えど)時代(じだい)に書(か)かれた『新編(しんぺん)武蔵(むさし)風土記(ふどき)稿(こう)』という本(ほん)にも、「今(いま)もこのあたりには榛(はん)の木(き)がある」と記(しる)されている。
【特産物(とくさんぶつ)】絹(きぬ)、太織(ふとおり)
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)熊谷(くまがや)、深谷(ふかや)の各市(かくし)と大里(おおさと)郡(ぐん)のあたり。
19.那賀(なか)郡(ぐん)
(那珂郡とも)
21の加美(かみ)郡(ぐん)、つまり「上(かみ)」の郡(ぐん)に対(たい)して、「中(なか)」の郡(ぐん)という意味(いみ)なのだそうだ。
【特産物(とくさんぶつ)】蚕(かいこ)、煙草(たばこ)
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)児玉(こだま)郡(ぐん)のあたり。
20.児玉(こだま)郡(ぐん) この地名(ちめい)は「蚕玉(こだま)」(蚕(かいこ)の神様(かみさま))からおこって、古(ふる)くから養蚕(ようさん)が盛(さか)んだったことをしめしている、とする説(せつ)と砕(くだ)いた銀(ぎん)を「小玉(こだま)」と言(い)うので、銀(ぎん)や銅(どう)を産出(さんしゅつ)した土地(とち)だという説(せつ)とがある。
【特産物(とくさんぶつ)】蚕(かいこ)、綿(わた)、煙草(たばこ)
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)本庄市(ほんじょうし)と児玉(こだま)郡(ぐん)のあたり。
21.賀美(かみ)郡(ぐん)
(加美郡とも)
武蔵国(むさしのくに)の北(きた)のはじっこで、この国(くに)が東山道(とうさんどう)に属(ぞく)していた頃(ころ)は、畿内(きない)にいちばん近(ちか)かった。それで「上(かみ)」の名(な)がついたという。
【特産物(とくさんぶつ)】蚕(かいこ)、煙草(たばこ)
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)児玉(こだま)郡(ぐん)のあたり。
22.秩父(ちちぶ)郡(ぐん) 知々夫(ちちぶの)国造(くにのみやつこ)が支配(しはい)したところからきている。けれど「ちちぶ」の名(な)そのものは、秩父(ちちぶ)の山(やま)の中(なか)の鍾乳石(しょうにゅうせき)(大(おお)昔(むかし)は「いしのち」と言(い)った)の形(かたち)から生(う)まれたと言(い)う。また、「乳(ちち)の木(き)」(イチョウのこと。大(おお)昔(むかし)の相模(さがみ)地方(ちほう)などの方言(ほうげん))にちなむ地名(ちめい)だとも言(い)う。
【特産物(とくさんぶつ)】織物(おりもの)
いまのどのへん? 埼玉県(さいたまけん)秩父市(ちちぶし)と秩父(ちちぶ)郡(ぐん)のあたり。

国府(こくふ)と国分寺(こくぶんじ)

中大兄(なかのおおえの)皇子(おうじ)、中臣(なかとみの)鎌足(かまたり)らは大化改新(たいかのかいしん)で新(あたら)しい国(くに)づくりを目指(めざ)した。手本(てほん)となったのは隋(ずい)や唐(とう)の律令(りつりょう)制度(せいど)。中央(ちゅうおう)や地方(ちほう)の政治(せいじ)のしかたや、税制(ぜいせい)が整(ととの)えられ、日本(にっぽん)全国(ぜんこく)は60の国(くに)に分(わ)けられた。そして地方(ちほう)豪族(ごうぞく)の国造(くにのみやつこ)にかわって、各国(かっこく)に国司(こくし)と呼(よ)ばれる役人(やくにん)が中央(ちゅうおう)から派遣(はけん)された。国司(こくし)が仕事(しごと)をする役所(やくしょ)を国衙(こくが)といい、国衙(こくが)のある場所(ばしょ)を国府(こくふ)という。国府(こくふ)というのは、政治(せいじ)、軍事(ぐんじ)、交通(こうつう)、文化(ぶんか)、宗教(しゅうきょう)の中心(ちゅうしん)だった。
武蔵国(むさしのくに)の国府(こくふ)は今(いま)の府中市(ふちゅうし)だ。府中(ふちゅう)という地名(ちめい)は「国府(こくふ)の中(なか)」という意味(いみ)からきている。ここにはまた、武蔵(むさし)の国中(くにじゅう)の神様(かみさま)をひとつにまとめておまつりした総社(そうじゃ)もつくられた。大國魂(おおくにたま)神社(じんじゃ)のことだよ。
741(天平(てんぴょう)13)年(ねん)、聖武(しょうむ)天皇(てんのう)は国分寺(こくぶんじ)建立(こんりゅう)の詔(みことのり)を出した。国(くに)ごとに、僧(そう)を置(お)く金光明(こんこうみょう)四天王(してんのう)護国之寺(ごこくのてら)と、尼(あま)を置(お)く法華(ほっけ)滅罪之寺(めっさいのてら)をつくろうというのだ。武蔵(むさし)国分寺(こくぶんじ)は、国府(こくふ)の北(きた)側(がわ)、今(いま)の国分寺市(こくぶんじし)に建(た)てられた。
武蔵(むさし)国分寺(こくぶんじ)の瓦(かわら)は文様(もんよう)の種類(しゅるい)が豊富(ほうふ)で、奈良(なら)時代(じだい)のお寺(てら)の中(なか)では群(ぐん)をぬくという。ここにも、高句麗(こうくり)、百済(くだら)、新羅(しらぎ)などの渡来人(とらいじん)の技術(ぎじゅつ)がいきているらしい。(金光明(こんこうみょう)四天王(してんのう)護国之寺(ごこくのてら)=国分寺(こくぶんじ)、法華(ほっけ)滅罪之寺(めっさいのてら)=国分(こくぶ)尼寺(にじ))

武蔵国(むさしのくに)あれこれ

江戸時代前の武蔵国

ふえていった武蔵国(むさしのくに)の郡(ぐん)

漢字の書き表し方もさまざまなのね初(はじ)め、武蔵国(むさしのくに)の郡(ぐん)は豊島(としま)、荏原(えばら)、橘樹(たちばな)、久良岐(くらき)(久良)、都筑(つづき)、多摩(たま)(多麻)、足立(あだち)、入間(いるま)、比企(ひき)、横見(よこみ)、埼玉(さいたま)、大里(おおさと)、男衾(おぶすま)、幡羅(はら)、榛沢(はんざわ)、那賀(なか)(那珂)、児玉(こだま)、賀美(かみ)、秩父(ちちぶ)の19郡(ぐん)だった。
それが、716(霊亀(れいき)2)年(ねん)5月(がつ)に高麗(こま)郡(ぐん)が、
758(天平宝字(てんぴょうほうじ)2)年(ねん)8月(がつ)には新羅(しらぎ)郡(ぐん)(のちの新座(にいざ)郡(ぐん))が新(あたら)しく設(もう)けられた。
さらに、江戸(えど)時代(じだい)初(はじ)め頃(ごろ)には、下総国(しもうさのくに)葛飾(かつしか)郡(ぐん)の一部(ぶ)が武蔵国(むさしのくに)に編入(へんにゅう)。最終的(さいしゅうてき)に郡(ぐん)の数(かず)は22になった。

渡来人(とらいじん)の住(す)んだ武蔵国(むさしのくに)

『日本書記(にほんしょき)』の684(天武(てんむ)13)年(ねん)5月(がつ)のところに「百済(くだら)からの渡来人(とらいじん)を武蔵国(むさしのくに)に安置(あんち)した」という記事(きじ)がでてくる。
716(霊亀(れいき)2)年(ねん)5月(がつ)には、大和(やまと)朝廷(ちょうてい)は駿河(するが)より東(ひがし)の7か国(こく)の高麗人(こまひと)(高句麗(こうくり)からの渡来人(とらいじん))1、799人を武蔵国(むさしのくに)に移住(いじゅう)させた。(高麗(こま)郡(ぐん)の設置(せっち))
758(天平宝字(てんぴょうほうじ)2)年(ねん)8月(がつ)には、新羅(しらぎ)の渡来人(とらいじん)74人が武蔵国(むさしのくに)に移住(いじゅう)。(新羅(しらぎ)郡(ぐん)の設置(せっち))
また多摩(たま)郡(ぐん)狛江郷(こまえごう)は高麗人(こまひと)が開(ひら)いた村(むら)と伝(つわ)わるし、砧(きぬた)(世田谷区(せたがやく))、神代(じんだい)(調布市(ちょうふし))、牟礼(むれ)(三鷹市(みたかし))の地名(ちめい)も、渡来人(とらいじん)と関(かか)わりが深(ふか)いという。
これらの人々(ひとびと)は進(すす)んだ技術(ぎじゅつ)や知識(ちしき)をもって、開発(かいはつ)をすすめていった。台東区(たいとうく)の浅草寺(せんそうじ)も調布市(ちょうふし)の深大寺(じんだいじ)も、渡来人(とらいじん)が建(た)てたとも言(い)われるんだよ。

防人(さきもり)をだした武蔵国(むさしのくに)

防人(さきもり)というのは、古代(こだい)、唐(とう)や新羅(しらぎ)の侵入(しんにゅう)を防(ふせ)ぐのに、九州(きゅうしゅう)に置(お)かれた兵隊(へいたい)だ。大化改新(たいかのかいしん)の詔(みことのり)に初(はじ)めて見(み)える制度(せいど)。全国(ぜんこく)の兵士(へいし)の中(なか)から3年(ねん)交替(こうたい)で選(えら)ぶ。装備(そうび)や、ゆきかえりの食料(しょくりょう)は自分(じぶん)で用意(ようい)しなければならず、旅(たび)の途中(とちゅう)で倒(たお)れて死(し)ぬ者(もの)も多(おお)かったとか。それが730(天平(てんぴょう)2)年(ねん)からは東国(とうごく)の兵士(へいし)に限(かぎ)られるようになった。延喜(えんぎ)の頃(ころ)(901~922)には無(な)いも同然(どうぜん)になったが、それまでは武蔵国(むさしのくに)の農民(のうみん)の大(おお)きな負担(ふたん)だった。
万葉集(まんようしゅう)の巻(まき)第(だい)二十にはこうした防人(さきもり)たちが家族(かぞく)たちとの別(わか)れのつらさなどを詠(よ)んだ歌(うた)がのせられている。下(した)の歌(うた)は信濃国(しなののくに)からの防人(さきもり)のものだけれどね。
「からころむ、裾(すそ)に取(と)りつき泣(な)く子(こ)らを 置(お)きてぞ 来(き)ぬや おも無(な)しにして」
(衣(ころも)のすそに取(と)りついて泣(な)く子(こ)どもたちを後(のち)に残(のこ)して来(き)てしまったよ。母親(ははおや)もいないのに。)

紫(むらさき)と茜(あかね)の武蔵国(むさしのくに)

古代(こだい)から9~10世紀(せいき)頃(ごろ)まであった税(ぜい)のひとつに「調(ちょう)」というものがある。これは、その地方(ちほう)の生産物(せいさんぶつ)で納(おさ)める税金(ぜいきん)なんだ。武蔵国(むさしのくに)の調(ちょう)は麻(あさ)、布(ぬの)、薬草(やくそう)、刀(かたな)、馬(うま)や紫(むらさき)、茜(あかね)などがあがっている。なかでも紫(むらさき)や茜(あかね)は、奈良(なら)や京都(きょうと)で喜(よろこ)ばれた。紫(むらさき)の根(ね)からしぼった汁(しる)で染(そ)められた衣(ころも)は貴族(きぞく)などの身分(みぶん)の高(たか)い人(ひと)が身(み)につけた。茜(あかね)も薬(くすり)や赤色(あかいろ)の染料(せんりょう)になった。

国のかたちって変わっていくんだね

参考(さんこう)にした本(ほん)

「日本史(にほんし)辞典(じてん)」
「武蔵(むさし)」
「平凡社(へいぼんしゃ)大百科(だいひゃっか)事典(じてん)」
「萬葉集(まんようしゅう)私注(しちゅう)九」
「角川(かどかわ)地名(ちめい)大辞典(だいじてん)(東京都(とうきょうと)、埼玉県(さいたまけん)、神奈川県(かながわけん))」
「国史(こくし)地名(ちめい)大辞典(だいじてん)」
「古代(こだい)の武蔵(むさし)を読(よ)む」
「古代(こだい)地名(ちめい)語源(ごげん)辞典(じてん)」
「広辞苑(こうじえん)」
「わが町(まち)の歴史(れきし) 府中(ふちゅう)」
「ホームアトラス日本(にっぽん)列島(れっとう)」
「区分(くぶん)地図帳(ちずちょう)(東京都(とうきょうと)、埼玉県(さいたまけん)、神奈川県(かながわけん))」

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掲載日 令和7年8月1日