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14. 小平(こだいら)歳時記(さいじき)

小平(こだいら)のくらし・年中(ねんちゅう)行事(ぎょうじ)

小平 ( こだいら ) のくらし

水田(すいでん)のほとんどない小平(こだいら)では、陸稲(おかぼ)(畑地で作るイネ)を作(つく)りだすまで、あまり米(こめ)を食(た)べなかった。主食(しゅしょく)は、あわ・ひえ・大麦(おおむぎ)・小麦(こむぎ)。明治(めいじ)の初(はじ)めごろ、主食(しゅしょく)はあわ3割(わり)、大麦(おおむぎ)のひきわり7割(わり)のあわ飯(めし)。明治(めいじ)のおわりには米(こめ)と麦(むぎ)をまぜたものが主食(しゅしょく)になった。
10時(じ)と3時(じ)のお茶(ちゃ)にはふかしたさつまいもやさといもを食(た)べた。
小平(こだいら)は小麦(こむぎ)がとれたから、人(ひと)が集(あつ)まる時(とき)にはごちそうの一(ひと)つとして、よくうどんを作(つく)った。それに、お茶(ちゃ)菓子(がし)として「麦(むぎ)こがし」なども作(つく)った。これは麦(むぎ)をいって粉(こな)にしたものだ。
古(ふる)くから狭山(さやま)茶(ちゃ)の栽培(さいばい)もしていた。また、養蚕(ようさん)も盛(さか)んだった。江戸(えど)時代(じだい)、文政(ぶんせい)10年(ねん)(1827)には、すでに小平(こだいら)で養蚕(ようさん)をしていた記録(きろく)がある。さかんになったのは明治(めいじ)20年(ねん)ごろで、7~9割(わり)の農家(のうか)がおこなっていた。昭和(しょうわ)30年代(ねんだい)には養蚕(ようさん)も姿(すがた)を消(け)したが、古(ふる)い農家(のうか)には今(いま)でも蚕室(さんしつ)(蚕(かいこ)を飼(か)うための部屋(へや)や小屋(こや))が残(のこ)っていたりする。これミルクよもーおなががすいてすいて

養蚕(ようさん)は蚕(かいこ)を飼(か)って生糸(きいと)をとる仕事(しごと)。桑(くわ)をいっぱいたべる蚕(かいこ)の世話(せわ)は忙(いそが)しい。

 

年中 ねんちゅう 行事 ぎょうじ

祭(まつ)りとか祝(いわ)いとか村々(むらむら)や家(いえ)で毎年(まいとし)くり返(かえ)される行事(ぎょうじ)は、こういう日々(ひび)のくらしと切(き)り離(はな)すことのできない意味(いみ)のあるものだった。
こういう行事(ぎょうじ)を年中(ねんちゅう)行事(ぎょうじ)といい、その日(ひ)はふだんとちがうくらし方(かた)をする。
農業(のうぎょう)(とくに米(こめ)作(づく)り)を中心(ちゅうしん)とした日本(にっぽん)では、作物(さくもつ)が育(そだ)ってゆく季節(きせつ)のふし目(め)ふし目(め)に神(かみ)さまや先祖(せんぞ)の霊(れい)を迎(むか)え、豊作(ほうさく)を願(ねが)ったり、わざわいから守(まも)ってもらったり、収穫(しゅうかく)を感謝(かんしゃ)したりしてきた。
そこにさまざまな信仰(しんこう)や、中国(ちゅうごく)などから伝(つた)わった行事(ぎょうじ)などもとりこまれ、年中(ねんちゅう)行事(ぎょうじ)のかたちができあがっていったらしい。

 

「節供(せっく)」って何(なに)?

今(いま)は「節句(せっく)」と書(か)くことが多(おお)いけれど、もともとは「節供(せっく)」。えびす講の日はお赤飯なの
これは節(せち)の日(ひ)(折(お)り目(め)、ふし目(め)になる日(ひ)のこと)の供(そな)えもののことだった。それが、その日(ひ)や、その日(ひ)の行事(ぎょうじ)をさす言葉(ことば)になったんだ。
お正月(しょうがつ)の「おせち料理(りょうり)」も節(せち)の日(ひ)の食(た)べ物(もの)のことだよ。
小平(こだいら)でも古(ふる)くからいろいろな行事(ぎょうじ)をおこなってきた。時代(じだい)の流(なが)れとともに忘(わす)れられてしまったものもあるかもしれない。けれど今(いま)も親(おや)から子(こ)、子(こ)から孫(まご)へと伝(つた)えられている行事(ぎょうじ)もある。

これが中国(ちゅうごく)から伝(つた)わった五(ご)節供(せっく)だ!!

1月(がつ)7日(か)  人日(じんじつ)の節供(せっく)
3月(がつ)3日(か)  上巳(じょうし)の節供(せっく)
5月(がつ)5日(か)  端午(たんご)の節供(せっく)
7月(がつ)7日(か)  七夕(たなばた)の節供(せっく)
9月(がつ)9日(か)  重陽(ちょうよう)の節供(せっく)

 

こうしてみると節供(せっく)ってほとんど月(つき)と日(ひ)と同(おな)じ数(かず)の日(ひ)だ。これは「重日(じゅうにち)」というそうな。

こどもの誕生(たんじょう)と成長(せいちょう)の祝(いわ)い

誕生(たんじょう

小平(こだいら)では生(う)まれた赤(あか)ちゃんは、お産婆(さんば)さん(お産(さん)の手助(てだす)けをする人(ひと))が抱(だ)いて、便所(べんじょ)や井戸(いど)へ連(つ)れて行(い)く風習(ふうしゅう)があった。はっきりしたいわれはわからない。けれど、「おべんじょ」というひびきはなんかたのしい関東(かんとう)地方(ちほう)の農村(のうそん)には「セッチン参(まい)り」という儀式(ぎしき)がよく見(み)られる。「セッチン」ってお便所(べんじょ)のことだよ。つまり、お便所(べんじょ)の神(かみ)さまにお参(まい)りするのだ。
女(おんな)の人(ひと)がお参(まい)りすれば、お産(さん)が無事(ぶじ)にすむという。赤(あか)ちゃんは生(う)まれて7日目(なのかめ)(お七夜(しちや))に額(ひたい)に墨(すみ)で「犬(いぬ)」と書(か)き、お産婆(さんば)さんにつれられておまいりする。
お便所(べんじょ)の神(かみ)さまは、赤(あか)ちゃんを産(う)むお母(かあ)さんの不安(ふあん)を防(ふせ)ぎ、赤(あか)ちゃんの命(いのち)を守(まも)ってくれる産神(うぶがみ)なんだ。

 

宮(みや)参(まい)り

男(おとこ)の子(こ)は31日目(にちめ)、女(おんな)の子(こ)は33日目(にちめ)に宮(みや)参(まい)り(オビアゲ)をする。お父(とう)さんの方(ほう)のおばあちゃんが赤(あか)ちゃんを抱(だ)いて、氏神(うじがみ)さまに見(み)てもらうんだよ。

はじめての正月(しょうがつ

赤(あか)ちゃんが生(う)まれて初(はじ)めて迎(むか)える正月(しょうがつ)。
男(おとこ)の子(こ)だと破魔弓(はまゆみ)、女(おんな)の子(こ)だと羽子板(はごいた)を飾(かざ)って祝(いわ)う。

七五三(しちごさん)

「七五三」というと、11月(がつ)15日(にち)に5歳(さい)の男(おとこ)の子(こ)と3歳(さい)・7歳(さい)の女(おんな)の子(こ)が宮(みや)参(まい)りすること。
これは関東(かんとう)を中心(ちゅうしん)に近世(きんせい)の末(すえ)ごろからはやり出(だ)した。
でも、もっとむかしから、子(こ)どもの成長(せいちょう)の祝(いわ)いは人々(ひとびと)の間(あいだ)でおこなわれていた。
3歳(さい)の祝(いわ)いは「ヒモオトシ」「オビムスビ」などといい、これまでつけていた紐(ひも)を落(お)として初(はじ)めて帯(おび)をしめる。そっていた髪(かみ)をのばしはじめるので「カミオキ」(髪置)ともいう。
むかしは男(おとこ)の子(こ)も女(おんな)の子(こ)もした祝(いわ)いで日(ひ)にちも11月(がつ)15日(にち)とは限(かぎ)らなかった。
3歳(さい)の「カミオキ」(髪置)、5歳(さい)の「ハカマギ」(袴着)男(おとこ)の子(こ)だけ、7歳(さい)の「オビトキ」(帯解き)という区別(くべつ)がでてくるのは近世(きんせい)(つまり江戸(えど)時代(じだい))なかばくらいからだ。

ななつまでは神(かみ)のうち

日本(にっぽん)では7歳(さい)というのは大切(たいせつ)なふし目(め)だった。そーか、神さまの子なのか
「ななつまでは神(かみ)のうち」といわれ、この年(とし)ごろまでは、社会(しゃかい)の一員(いちいん)として数(かぞ)えない。人間(にんげん)の子(こ)ではなくて、神(かみ)さまの子(こ)なんだ。7歳(さい)になれば氏神(うじがみ)さまにみとめられ、氏子(うじこ)になって、村(むら)の子(こ)ども組(ぐみ)にくわわり、年中(ねんちゅう)行事(ぎょうじ)などでもちゃんと役割(やくわり)をもつようになる。

 

いまもけっこうつづいてると思(おも)う…
「
成長(せいちょう)の祝(いわ)い予定表(よていひょう)」

お七夜(しちや

誕生(たんじょう)7日目(かめ)。親(しん)せきなどがあつまって祝(いわ)う。赤(あか)ちゃんに名(な)まえがつけられる。

宮(みや)参(まい)り

誕生(たんじょう)から男(おとこ)の子(こ)32日目(にちめ)、女(おんな)の子(こ)33日目(にちめ)という地域(ちいき)が多(おお)い。氏神(うじがみ)さまにおまいり。
 

お食(く)い初(ぞ)め

けっこういそがしいんでちゅ誕生(たんじょう)100日目(にちめ)。
ごはんつぶを食(た)べさせてお祝(いわ)いする。

初(はつ)誕生(たんじょう)の祝(いわ)い

誕生(たんじょう)1年目。
もちをついてヨチヨチ歩(ある)きの赤(あか)ちゃんに背負(せお)わせる風習(ふうしゅう)も。
 

七五三

上(うえ)を見(み)てね。

小平(こだいら)の正月(しょうがつ)の風景(ふうけい)

かわいいがらの布でつくった小さな玉。中にはアズキばどがはいっている。

小平(こだいら)の正月(しょうがつ)の風景(ふうけい)

お正月(しょうがつ)。こどもは凧(たこ)あげ、コマまわし、お手玉(てだま)、まりつきなどで遊(あそ)ぶ。
物(もの)売(う)りが来(き)た。せきぞろ、三河(みかわ)まんざい、ごぜもまわって来(き)てにぎやか。

ごぜ

三味線(しゃみせん)をひきながら歌(うた)や物語(ものがたり)をきかせる盲目(もうもく)の女(おんな)芸人(げいにん)。

せきぞろ
三河まんざい

「節季(せっき)候(そうろう)」と書(か)いて「せきぞろ」。
三味線(しゃみせん)や拍子木(ひょうしぎ)などでにぎやかにはやしながら、門口(かどぐち)をたずね歩(ある)く芸人(げいにん)。
「せきぞろ  せきぞろ、めでたい  めでたい」とか「せきぞろ  せきぞろ、ほう  ほう」とかいろいろセリフがあるらしいんだ。

三河(みかわ)まんざい

これも門付芸(かどづけげい)(家々(いえいえ)の門口(かどぐち)でひろうする芸(げい))のひとつ。
正月(しょうがつ)に門口(かどぐち)や座敷(ざしき)でめでたいことを言(い)ってまわる。
「尾張(おわり)まんざい」「加賀(かが)まんざい」などまんざいにもたくさん種類(しゅるい)があるが「三河(みかわ)まんざい」は徳川(とくがわ)家康(いえやす)が三河(みかわ)出身(しゅっしん)であることから、保護(ほご)され、江戸(えど)の近辺(きんぺん)で活(かつ)やくした。
第(だい)2次(じ)世界(せかい)大戦(たいせん)までは盛(さか)んだったというけれど、今(いま)は正月(しょうがつ)番組(ばんぐみ)で見(み)られるかどうか…ってところだねえ。

凧(たこ)

たこ「たこ」という呼(よ)び名(な)は江戸(えど)時代(じだい)に江戸(えど)の町(まち)からはじまった。英語(えいご)では「カイト」というし、ドイツ語(ご)にも、スペイン語(ご)にも、ヒンズー語(ご)にもこの楽(たの)しいおもちゃを意味(いみ)する言葉(ことば)がある。
日本(にっぽん)国内(こくない)だって呼(よ)び名(な)はさまざま。関西(かんさい)では「いか」、九州(きゅうしゅう)では「はた」という方言(ほうげん)もあるらしい。
凧(たこ)はアジアやヨーロッパで古(ふる)くから作(つく)られていた。中国(ちゅうごく)が発生(はっしょう)の地(ち)ともいうがはっきりとはわからない。正月(しょうがつ)に凧(たこ)をあげるのは江戸(えど)の風習(ふうしゅう)なんだって。

 

 

双六(すごろく)

すごろく「バックギャモン」ともいう双六(すごろく)は紀元前(きげんぜん)3000年(ねん)などという大(おお)むかしからあるのだ!  そのころは「盤(ばん)すごろく」というもので、古代(こだい)エジプトから古代(こだい)ギリシャ、ローマ帝国(ていこく)に伝(つた)わり、シルクロードを通(とお)ってアジア、インド、中国(ちゅうごく)へ。フランスのルイ14世(せい)もこのゲームの大(だい)ファンだった。
日本(にっぽん)でも、持統(じとう)3年(ねん)(689)、双六(すごろく)についての命令(めいれい)がでているから、この頃(ころ)にはもう伝(つた)わっていたんだね。
江戸(えど)時代(じだい)にはよめ入(い)り道具(どうぐ)やひな祭(まつ)りの飾(かざ)りにもなった。「絵(え)すごろく」は江戸(えど)時代(じだい)前(まえ)からはじまったらしい。ヨーロッパでも16世紀(せいき)以降(いこう)のイタリア、17世紀(せいき)以降(いこう)のイギリスで「絵(え)すごろく」が流行(りゅうこう)。世界(せかい)はひとつだねぇ。

知(し)っててトクする!かどうかは知(し)らないけど…
暦(こよみ)のはなし

暦(こよみ)とは、「日(ひ)を数(かぞ)え、知(し)る」という意味(いみ)なんだ。むかしむかしは自然(しぜん)の変化(へんか)で季節(きせつ)のうつりかわりを知(し)るしかなかったらしい。
でも、農作物(のうさくぶつ)を育(そだ)ててくらしてゆくには、やっぱりちゃんとした暦(こよみ)が必要(ひつよう)だった。
554年(ねん)、欽明(きんめい)天皇(てんのう)のころ、百済(くだら)(朝鮮(ちょうせん)半島(はんとう)にあった国(くに))から日本(にっぽん)に暦法(れきほう)(日(ひ)を数(かぞ)える方法(ほうほう))が伝(つた)わったと記録(きろく)がある。そして、推古(すいこ)天皇(てんのう)のころ、604年(ねん)の正月(しょうがつ)からは、たしかに暦(こよみ)が使(つか)われているそうだ。
その後(ご)、やく1000年間(ねんかん)は、中国(ちゅうごく)の太陰(たいいん)太陽(たいよう)暦(れき)を輸入(ゆにゅう)して使(つか)っていた。やがて、日本(にっぽん)も暦(こよみ)を科学的(かがくてき)に研究(けんきゅう)するようになり、1685年(ねん)には「貞享(じょうきょう)暦(れき)」というのを作(つく)っている。ほかにもいろいろな暦(こよみ)が作(つく)られたが1873年(ねん)、明治(めいじ)政府(せいふ)は太陽(たいよう)暦(れき)(今(いま)つかわれている暦(こよみ)。新暦(しんれき)という)を使(つか)うことに決(き)めた。明治(めいじ)5年(ねん)12月(がつ)3日(か)が新暦(しんれき)明治(めいじ)6年(ねん)1月(がつ)1日(ついたち)になったんだって。
でも、人々(ひとびと)は、長(なが)く、もとの暦(こよみ)(旧暦(きゅうれき)という)の方(ほう)を使(つか)い、正式(せいしき)に旧暦(きゅうれき)がとりやめられたのは1909年(ねん)だ。

二十四節気表(せっきひょう)

二十四節気表
四季(しき) 節気(せっき)(季節(きせつ)のかわりめ)のなまえと意味(いみ) 今(いま)の暦(こよみ)のだいたいの月日(つきひ)
春(はる) 立春(りっしゅん) 冬(ふゆ)から春(はる)へ。 正月節 2月4日
雨水(うすい) 雪(ゆき)が雨(あめ)にかわる。    2月19日
啓蟄(けいちつ) 冬眠(とうみん)の虫(むし)が出(で)てくる。 2月節 3月6日
春分(しゅんぶん) 昼(ひる)と夜(よる)が同(おな)じ時間(じかん)。    3月21日
清明(せいめい) 清(きよ)くあかるい春(はる)のふんいき。 3月節 4月5日
穀雨(こくう) 作物(さくもつ)がよく成長(せいちょう)するころ。    4月20日
夏(なつ) 立夏(りっか) 夏(なつ)のはじまり。 4月節 5月6日
小満(しょうまん) 自然(しぜん)の中(なか)の実(み)が育(そだ)ちはじめる。    5月21日
芒種(ぼうしゅ) 種(たね)まき・田植(たう)えのころ。 5月節 6月6日
夏至(げし) 昼(ひる)がいちばん長(なが)い日(ひ)。    6月21日
小暑(しょうしょ) 梅雨(つゆ)のあけるころ。 6月節 7月7日
大暑(たいしょ) 暑(あつ)さまっさかり!    7月23日
秋(あき) 立秋(りっしゅう) 秋(あき)の気配(けはい)になる。 7月節 8月8日
処暑(しょしょ) 暑(あつ)さがおさまる。    8月23日
白露(はくろ) 空気(くうき)が冷(つめ)たくなり、白(しろ)い露(つゆ)ができる。 8月節 9月8日
秋分(しゅうぶん) 昼(ひる)と夜(よる)が同(おな)じ時間(じかん)。    9月23日
寒露(かんろ) 露(つゆ)がこおる寸前(すんぜん)。 9月節 10月8日
霜降(そうこう) 霜(しも)がおりるころ。    10月23日
冬(ふゆ) 立冬(りっとう) 冬(ふゆ)のはじまり。 10月節 11月7日
小雪(しょうせつ) 寒(さむ)さほどほど。雪(ゆき)まばら。    11月22日
大雪(たいせつ) 雪(ゆき)が多(おお)くなる。 11月節 12月7日
冬至(とうじ) 夜(よる)がいちばん長(なが)い日(ひ)。    12月22日
小寒(しょうかん) 寒(さむ)さ、ふかまる。 12月節 1月5日
大寒(だいかん) 寒(さむ)さまっさかり!  負(ま)けるな!    1月20日

新暦と旧暦は1月くらいずれてるね

十二支(じゅうにし)

むかしの人(ひと)は年(とし)だけじゃなく、月(つき)も日(ひ)も、十二支(じゅうにし)を使(つか)ってあらわしたんだ。たとえば月(つき)はこういうぐあい。

正月=寅(とら)  2月=卯(うさぎ)  3月=辰(たつ)  4月=巳(へび)  5月=午(うま)  6月=未(ひつじ)
7月=申(さ)  8月=酉(とり)  9月=戌(いぬ)  10月=亥(いのしし)  11月=子(ねずみ)  12月=丑(うし)

 

「時(とき)は流(なが)れる…季節(きせつ)はめぐる…。」

1日(にち)の長(なが)さは日(ひ)の出(で)や日(ひ)の入(い)りなどではかれる。地球(ちきゅう)が自分(じぶん)で1回転(かいてん)する時間(じかん)のこと。
1年(ねん)は、ふたたび季節(きせつ)がめぐってくるのでわかる。これは、地球(ちきゅう)が太陽(たいよう)のまわりを1周(しゅう)する時間(じかん)。
さて、では、1ヵ月(げつ)は…。むかしの人(ひと)はひと月(つき)の長(なが)さを「月」を見(み)てはかった。新月(しんげつ)から満月(まんげつ)、また新月(しんげつ)になるまではっきり、目(め)でわかるもの。太陽(たいよう)に対(たい)して、月(つき)のことは「太陰(たいいん)」というんだよ。

小平(こだいら)の一年(いちねん)(1~6月)

(いちおう新暦にあわせてありますが、ひと月おくれや旧暦でおこなわれるものもあります。)

 

1月(がつ)

凧

元旦(がんたん

男(おとこ)の人(ひと)が先(さき)に起(お)きて、若水(わかみず)をくみ、身(み)をきよめ、おぞう煮(に)をつくり、神(かみ)さまをおがむ。
おぞう煮(に)は切(き)りもちにさと芋(いも)や大根(だいこん)をいれたおすまし仕立(じた)て。

7日  七草(ななくさ)がゆ

小平(こだいら)の七草(ななくさ)は、なずな、大根(だいこん)、にんじん、ごぼう、さと芋(いも)、ねぎ、ほうれん草(くさ)の7種類(しゅるい)。これをまな板(いた)の上(うえ)で「七草(ななくさ)なずな、唐土(とうど)の鳥(とり)と  日本(にっぽん)の鳥(とり)と  渡(わた)らぬさきに…」と唱(とな)えながら包丁(ほうちょう)できざむ。
この日(ひ)は「あぼひぼ」をおそなえする日(ひ)でもある。

あぼひぼ 「あぼひぼ」40センチメートルくらいの竹(たけ)の先(さき)を細(ほそ)くさき、そこに15センチメートルくらいに切(き)った、にわとこの木(き)をぶらさげる。実(みの)った「あわの穂(ほ)  ひえの穂(ほ)」にみたてて、畑(はたけ)の豊作(ほうさく)を祈(いの)った。

14日  まゆ玉(だま)祭(まつ)り

まゆだまお米(こめ)の粉(こな)でまゆの形(かたち)のだんごを作(つく)り、木(き)にさして神(かみ)棚(だな)へ。
よいまゆ玉(だま)がたくさんとれますようにと願(ねが)う。

15日  蚕(かいこ)びまち(おしら講(こう))

村(むら)の人(ひと)たちが集(あつ)まって、手打(てう)ちうどんを食(た)べ、お酒(さけ)を飲(の)んでさわぐ。「おしら様(さま)」は蚕(かいこ)の神(かみ)さま。
また、この日(ひ)は、まゆ玉(だま)のだんごを入(い)れたあずきがゆを作(つく)る。

16日  お賽日(さいにち)

この日(ひ)は「やぶいり」といって奉公人(ほうこうにん)が休(やす)みをもらって家(いえ)へ帰(かえ)れる日(ひ)。お嫁(よめ)さんも実家(じっか)へ帰(かえ)る。夜(よる)、仏(ほとけ)さまに赤飯(せきはん)を供(そな)える。

20日  えびす講(こう)

えびす様(さま)に赤飯(せきはん)やお神酒(みき)をあげ、ますの中(なか)に財布(さいふ)を入(い)れて供(そな)える。

2月(がつ)

1日  次郎(じろう)正月(しょうがつ)

雪あそびこの日(ひ)は1日(にち)、仕事(しごと)休(やす)み。

上旬節分せつぶん

節分

 

「福(ふく)は内(うち)、鬼(おに)は外(そと)」と豆(まめ)まきをする。豆(まめ)がらにさして焼(や)いたイワシの頭(あたま)を柊(ひいらぎ)の枝(えだ)といっしょに戸口(とぐち)にさしておく。
おもしろいのは小川(おがわ)の小山家(こやまけ)の「鬼(おに)の宿(やど)」。
この夜(よる)、みんなに追(お)われる鬼(おに)のため、戸(と)をあけ、ごちそうでもてなしをする。
夜中(よなか)の12時(じ)すぎ、鬼(おに)を辻(つじ)まで送(おく)ってゆき、帰(かえ)りは振(ふ)り返(かえ)ってはいけないそうだ。

最初(さいしょ)の午(うま)の日(ひ)

この日(ひ)は5色(しき)ののぼりを立(た)て、おそなえをしてお稲荷(いなり)さんを祭(まつ)る。お稲荷(いなり)さんは田畑(たはた)の神(かみ)さま。今年(ことし)の家内(かない)安全(あんぜん)と豊作(ほうさく)を祈(いの)る。

 

3月(がつ)

おひなさま

3日  桃(もも)の節供(せっく)

ひしもちを作(つく)って、おひな様(さま)にあげる。

中(ちゅう)~下旬(げじゅん)  春(はる)のお彼岸(ひがん)
春分(しゅんぶん)の日(ひ)を中心(ちゅうしん)に前後(ぜんご)3日(か)の1週間(しゅうかん)。お墓(はか)参(まい)りをし、「中日(なかび)ぼたもち、あけだんご」といって、ぼたもちとだんごを作(つく)る。

4月(がつ)

上旬  春(はる)祈祷(きとう)

さくらこの1年(ねん)の豊作(ほうさく)と無事(ぶじ)を祈(いの)って、神社(じんじゃ)で湯神楽(ゆかぐら)(湯立神楽(ゆたてかぐら)。湯をわかしておこなうきよめはらいの儀式)をする。明治(めいじ)40年(ねん)ごろまで、小川(おがわ)新田(しんでん)(仲町(なかまち))の熊野(くまの)宮(みや)では「一本(いっぽん)えのきのすもう」といってすもう大会(たいかい)もおこなわれていた。

 

上じょう~中旬ちゅうじゅんお花見はなみ

玉川(たまがわ)上水(じょうすい)の小金井堤(こがねいづつみ)では桜満開(さくらまんかい)。遠(とお)くからも花見(はなみ)客(きゃく)がおしかける。みやげもの屋(や)、芸人(げいにん)もでて、堀(ほり)ばたは大(おお)にぎわいだった。

 

この時期じきの仕事しごと

下旬(げじゅん)になると蚕室(さんしつ)の準備(じゅんび)をしたり、さつまいもの植(う)え場所(ばしょ)に肥料(ひりょう)をさしこんだり。

5月(がつ)

5日  端午(たんご)の節供(せっく)

端午の節句この日(ひ)は庭(にわ)の柏(かしわ)の木(き)から葉(は)をとって来(き)てかしわもちを作(つく)る。(小平ではひと月おくれにしたという話も。6月だと柏の葉がちょうどよい具合になるとか。)
大国魂(おおくにたま)神社(じんじゃ)のくらやみ祭(まつ)りもある。
大国魂(おおくにたま)の神(かみ)さまは武蔵国(むさしのくに)の土地神(とちがみ)だ。
むかしはサーカスや芝居(しばい)もかかったそうだ。今(いま)だって、この日(ひ)のお祭(まつ)りは大(おお)にぎわい。

この時期(じき)の仕事(しごと)

新茶だね!

養蚕(ようさん)のはきたてにとりかかる。蚕(かいこ)のあい間(ま)にさつまいもを植(う)え、陸穂(おかぼ)をまく。茶(ちゃ)つみをはじめるのもこの頃(ころ)。
(小平(こだいら)では明治(めいじ)のなかばから大正(たいしょう)にかけて、お茶(ちゃ)の栽培(さいばい)がさかんだった。)

6月(がつ)

この時期じきの仕事しごと

雨の季節だね養蚕(ようさん)は6月(がつ)10日(か)ごろにあがる。
梅雨にかかって、今度は麦(むぎ)かりがはじまる。

 

小平(こだいら)の一年(いちねん)(7~12月)

7月(がつ

7日  七夕(たなばた)

七夕5~6メートルもある竹(たけ)を切(き)って、たんざくを飾(かざ)り庭先(にわさき)に立(た)てる。

 

 

15日  天王(てんのう)さまの祭(まつ)り(野中(のなか)新田(しんでん))

この日(ひ)は仕事(しごと)休(やす)み。
まんじゅう、うどんを食(た)べる。

16日  お賽日(さいにち)

1月(がつ)の16日(にち)と同(おな)じ。

20日  大国魂(おおくにたま)神社(じんじゃ)のすもも祭(まつ)り

からすうちわ

11世紀(せいき)中(なか)ごろ、源頼義(みなもとのよりよし)・義家(よしいえ)親子(おやこ)の奥州(おうしゅう)征伐(せいばつ)で勝(か)ったお礼(れい)にはじまったという祭(まつ)り。
すももは邪気(じゃき)を払(はら)うといい、みんな買(か)って食(た)べた。
「からすうちわ」も売(う)っていて、これであおぐと夏(なつ)の疫病(えきびょう)をまぬがれるという。

28日  総合(そうご)あがり

農作業(のうさぎょう)が一段落(いちだんらく)した仕事(しごと)休(やす)みの日(ひ)。まんじゅう、うどんを食(た)べる。

お盆(ぼん)

お供え7月(がつ)13日(にち)~15日(にち)が中心(ちゅうしん)だが、地域(ちいき)によって日(ひ)が違(ちが)う。8月(がつ)初(はじ)めのところもあるし、ひと月(つき)遅(おく)れのところもある。農作業(のうさぎょう)の都合(つごう)もあったろう。
お盆(ぼん)には盆(ぼん)棚(だな)を組(く)んで位牌(いはい)をかざり、畑(はたけ)でとれたものを供(そな)える。
子(こ)どもたちは縄(なわ)をつけた麦(むぎ)わらの束(たば)に火(ひ)をともし、縄(なわ)を持(も)ってぐるぐる振(ふ)りまわす。この火(ひ)の輪(わ)でご先祖(せんぞ)をお迎(むか)えするのだ。「ぼんさま  ぼんさま  おいでなされ」と言(い)って。

8月がつ

このころ雨(あま)ごい

蚊取り線香このあたりは「逃(に)げ水(みず)の里(さと)」。ひでりがつづくと玉川(たまがわ)上水(じょうすい)の水(みず)も減(へ)る。そういう時(とき)は村中(むらじゅう)で雨(あま)ごいをする。
御岳山(みたけさん)から竹(たけ)筒(づつ)に水(みず)をもらって来(き)て神(かみ)棚(だな)にあげる。途中(とちゅう)で休(やす)むとその場所(ばしょ)に雨(あめ)が降(ふ)ってしまうというから、休(やす)まず帰(かえ)る。それからみんな、はだかで川(かわ)(玉川(たまがわ)上水(じょうすい)からの分水(ぶんすい)のこと)にはいり、地面(じめん)に水(みず)をかけ合(あ)う。

この時期(じき)の仕事(しごと)

食べて食べてこの月(つき)なかばから、夏(なつ)野菜(やさい)のとりいれ。かぼちゃ、きゅうり、なす、とまと、まくわうりなど…

お月見
十五夜(じゅうごや)(旧暦(きゅうれき)8月(がつ)15日(にち)、新暦(しんれき)だと9月(がつ)下旬(げじゅん))別名(べつめい)「いも名月(めいげつ)」
十三夜(じゅうさんや)(旧暦(きゅうれき)9月(がつ)13日(にち)、新暦(しんれき)だと10月(がつ)下旬(げじゅん))別名(べつめい)「くり名月(めいげつ)」
この夜(よる)、すすきを飾(かざ)り、だんご・柿(かき)・栗(くり)・芋(いも)などを供(そな)えてお月見(つきみ)。子(こ)どもたちには「十五夜(じゅうごや)さげろ」と言(い)いながら、家々(いえいえ)を回(まわ)って、供(そな)えものをもらう楽(たの)しみがある。

 

9月(がつ)  あちこちの鎮守(ちんじゅ)の祭(まつ)り

おみこし15日  

大沼田(おおぬまた)新田(しんでん)の稲荷(いなり)神社(じんじゃ)の祭(まつ)り
 

17日

 小川(おがわ)の神明宮(しんめいぐう)の祭(まつ)り
 

19日

小川(おがわ)新田(しんでん)(仲町(なかまち))の熊野(くまの)宮(みや)、回田(めぐりた)新田(しんでん)の氷川(ひかわ)神社(じんじゃ)の祭(まつ)り(今は氷川神社は9月16日にかわった。)

中ちゅう~下旬げじゅん秋あきのお彼岸ひがん

秋分(しゅうぶん)の日(ひ)を中心(ちゅうしん)に、前後(ぜんご)3日(か)の1週間(しゅうかん)。春(はる)の彼岸(ひがん)と同(おな)じにお墓(はか)参(まい)りなどをする。

22日

上(かみ)鈴木(すずき)・下(しも)鈴木(すずき)・堀(ほり)野中(のなか)(上水(じょうすい)南町(みなみちょう))の稲荷(いなり)神社(じんじゃ)の祭(まつ)り。

ひょっとこ鈴木(すずき)ばやし
弘化(こうか)4年(ねん)(1847)、深谷(ふかや)定右衛門(さだえもん)がつくり、伝(つた)えたおはやし。昭和(しょうわ)45年(ねん)、小平市(こだいらし)の無形(むけい)文化財(ぶんかざい)になった。

 

10月(がつ)

3日

どんぐり野中(のなか)新田(しんでん)(花小金井(はなこがねい))の武蔵野(むさしの)神社(じんじゃ)の祭(まつ)り。

 

30日  おかま様(さま)

かまどの神(かみ)、荒神(こうじん)さまを祭(まつ)る日(ひ)。だんごを供(そな)える。

この時期(じき)の仕事(しごと)

さつま芋(いも)堀(ほ)り、陸稲(おかぼ)刈(か)り、秋蚕(あきご)の仕事(しごと)、秋(あき)野菜(やさい)の収穫(しゅうかく)・麦(むぎ)まきなど。

 

11月(がつ)

9日  亥(い)の子(こ)

いのしし「亥(い)の子(こ)のぼたもちゃ、中(なか)まで米(こめ)だ」といって米(こめ)のとれたお祝(いわ)いに、新米(しんまい)でぼたもちを作(つく)って、大黒(だいこく)さまに供(そな)える。また、この日(ひ)、ぼたもちを大根(だいこん)畑(ばたけ)に供(そな)えるとりっぱな大根(だいこん)がとれるといわれた。

20日  えびす講(こう)

1月(がつ)のえびす講(こう)と同(おな)じ。えびす様(さま)を祭(まつ)る。
下旬(げじゅん)  あちこちの神社(じんじゃ)で新嘗祭(にいなめさい)。(今年の収穫を祝い、来年の豊作をいのる祭り。)

 

12月(がつ)

下旬(げじゅん)  冬至(とうじ)

もちつきこのころまでに1年(ねん)の仕事(しごと)はだいたい終(お)わる。
この日(ひ)は星(ほし)まつり。星(ほし)をうらない、家内(かない)安全(あんぜん)のため、やく払(はら)いの祈祷(きとう)をする。
夜(よる)、ゆず湯(ゆ)であたたまり、あわがゆにかぼちゃを入(い)れたものを食(た)べる。

 

 

おかまじめ

冬至(とうじ)がすぎるとすす払(はら)い。神社(じんじゃ)から配(くば)る御幣(ごへい)をお稲荷(いなり)さんとかまどにあげ、この1年(ねん)の感謝(かんしゃ)と火(ひ)の災難(さいなん)よけを祈(いの)る。

歳(とし)の市(いち)

正月(しょうがつ)のための買(か)い物(もの)は、小金井(こがねい)・国分寺(こくぶんじ)・田無(たなし)の市(いち)へ。神(かみ)さまのもの、着物(きもの)、ごちそうの材料(ざいりょう)を買(か)いこむ。

31日  みそかはらい

大(おお)みそかにはお払(はら)いをうけた小(ちい)さな御幣(ごへい)を門口(かどぐち)にさし、新年(しんねん)を迎(むか)える。

付(ふ)ろく!日本(にっぽん)の年中(ねんちゅう)行事(ぎょうじ)

これを参考に「小平の1年」を見てね!!

元旦(がんたん 

 1年(ねん)の始(はじ)まり。年神(としがみ)さまを迎(むか)え、去年(きょねん)の無事(ぶじ)を感謝(かんしゃ)し、今年(ことし)の豊作(ほうさく)を願(ねが)う。
  若水(わかみず)(元旦(がんたん)の朝(あさ)、最初(さいしょ)にくむ水(みず))むかえから、神(かみ)さまへの供(そな)えなど、家(いえ)の主人(しゅじん)が自分(じぶん)でおこなう。この日(ひ)は家(いえ)の中(なか)の神(かみ)さまや土地(とち)の神(かみ)さまに初(はつ)もうでしてあいさつ。
  人間(にんげん)同士(どうし)のあいさつまわりは、2日(ふつか)から3日(みっか)にする。

七草(ななくさ)がゆ

  正月(しょうがつ)7日(なのか)は人日(じんじつ)の節供(せっく)。今年(ことし)1年(ねん)の邪気(じゃき)(病気(びょうき)をおこす悪(わる)い気(き))を払(はら)い、七草(ななくさ)がゆを食(た)べる。
  6日の夜(よる)、「七草(ななくさ)たたき」といって、まな板(いた)の上に7種類(しゅるい)の道具(どうぐ)火(ひ)ばし・すりこぎ・おろしがね・杓子(しゃくし)・薪(まき)わり・菜(さい)ばし・火(ひ)吹(ふ)き竹(たけ)を並(なら)べてまな板(いた)を叩(たた)き、七草(ななくさ)を包丁(ほうちょう)できざみながら、7回(かい)歌(うた)を唱(とな)える。「七草(ななくさ)なずな  唐土(とうど)の鳥(とり)が  日本(にっぽん)の鳥(とり)と  かちおうて  バタバタ」など文句(もんく)は土地(とち)によって少(すこ)しずつちがうみたい。

小(こ)正月(しょうがつ)

  1月(がつ)15日(にち)は元旦(がんたん)の大(おお)正月(しょうがつ)に対(たい)して、小(こ)正月(しょうがつ)という。この日(ひ)は、1年(ねん)が豊作(ほうさく)でありますようにと願(ねが)いをこめ、作物(さくもつ)の実(みの)った姿(すがた)を真似(まね)て飾(かざ)りを作(つく)り、神(かみ)さまに見(み)てもらう。
  養蚕(ようさん)のさかんな土地(とち)では、よく「まゆ玉(だま)」が作(つく)られる

お賽日(さいにち)

  やぶいりに閻魔(えんま)さまにお参(まい)りする日(ひ)。この日(ひ)は地獄(じごく)のフタがあき、獄卒(ごくそく)(地獄(じごく)の鬼(おに))さえ、お休(やす)みをするという。先祖(せんぞ)の霊(れい)も戻(もど)って来(き)る。正月(しょうがつ)と7月(がつ)の16日(にち)がその日(ひ)にあたる。
  また、商家(しょうか)の奉公人(ほうこうにん)や嫁(よめ)入(い)りした娘(むすめ)が実家(じっか)に帰(かえ)る休(やす)みの日(ひ)でもある。
  「やぶいり」というのは「宿(やど)下(さ)がり」がなまった言葉(ことば)だとか、都会(とかい)の人(ひと)は田舎(いなか)「やぶ(の深(ふか)いところ)」といい、そこに帰(かえ)るので「やぶいり」という、とかいろいろな説(せつ)がある。
  とにかく正月(しょうがつ)と7月(がつ)の16日(にち)は田舎(いなか)に帰(かえ)って、家族(かぞく)はもちろんご先祖(せんぞ)さまにも会(あ)える時(とき)だったんだね。

節分(せつぶん

豆まき  節分(せつぶん)とは季節(きせつ)と季節(きせつ)の分(わ)かれ目(め)のこと。今(いま)は立春(りっしゅん)の前(まえ)の日(ひ)をいうけれど。
  この日(ひ)の行事(ぎょうじ)は「追儺(ついな)」または「鬼(おに)やらい」と呼(よ)ばれる中国(ちゅうごく)の儀式(ぎしき)がもとになっている。紀元前(きげんぜん)から中国(ちゅうごく)でおこなわれ、日本(にっぽん)では文武(もんむ)天皇(てんのう)の慶雲(けいうん)3年(ねん)(706)におこなった記録(きろく)がある。病気(びょうき)や災害(さいがい)を追(お)い払(はら)う儀式(ぎしき)なんだ。
  豆(まめ)まきは室町(むろまち)時代(じだい)から始(はじ)まった。焼(や)いたイワシの頭(あたま)と柊(ひいらぎ)などの小枝(こえだ)を戸口(とぐち)にさしておくのは「ヤイカガシ」といって、悪(わる)い霊(れい)を家(いえ)に入(い)れないためのおまじないだ。

初(はつ)午(うま)

  2月(がつ)最初(さいしょ)の午(うま)の日(ひ)はお稲荷(いなり)さんのお祭(まつ)りだ。お稲荷(いなり)さんは農業(のうぎょう)の神(かみ)さま。そろそろ田畑(たはた)の仕事(しごと)にとりかかる春(はる)の初(はじ)めに山(やま)から里(さと)へおりて来(く)るという。
  稲荷(いなり)のほこらにのぼりを立(た)てて、油(あぶら)あげや赤飯(せきはん)を供(そな)え、みんなも食(た)べたり、飲(の)んだりする。

ひなまつり

  桃(もも)の節供(せっく)。上巳(じょうし)の節供(せっく)ともいう。「上巳(じょうし)」とは初(はじ)めの巳(み)の日(ひ)という意味(いみ)。中国(ちゅうごく)で3月(がつ)最初(さいしょ)の巳(み)の日(ひ)におこなう「踏青(とうせい)」という行事(ぎょうじ)がもとだ。この日(ひ)、川辺(かわべ)で青(あお)い草(くさ)を踏(ふ)み、川(かわ)の流(なが)れで身(み)をきよめ、お酒(さけ)を飲(の)み、けがれを払(はら)う。
  さらに、これが、水(みず)の流(なが)れに盃(さかずき)を浮(う)かべ、自分(じぶん)の前(まえ)を過(す)ぎぬ間(ま)に詩歌(しいか)をよむ「曲水(きょくすい)の宴(えん)」という行事(ぎょうじ)にかわっていく。
  日本(にっぽん)では顕宗(けんぞう)天皇(てんのう)の元年(がんねん)(485)、はじめてこれをおこなっている。
  この行事(ぎょうじ)で、ひな人形(にんぎょう)は、はじめ紙(かみ)などで作(つく)られ、人間(にんげん)のからだをなで、けがれを移(うつ)して、川(かわ)へ流(なが)すためのものだった。今(いま)のように布製(ぬのせい)、段(だん)飾(かざ)りになったのは、江戸(えど)時代(じだい)半(なか)ば、都会(とかい)から流行(りゅうこう)していった。

端午(たんご)の節供(せっく  

「端午(たんご)」とは月(つき)の初(はじ)めの午(うま)の日(ひ)という意味(いみ)。
  この日(ひ)、中国(ちゅうごく)では、野原(のはら)で薬草(やくそう)をつみ、遊(あそ)ぶ。また、ヨモギで作(つく)った人形(にんぎょう)や虎(とら)を戸口(とぐち)にかけ、菖蒲(しょうぶ)をひたしたお酒(さけ)を飲(の)み、蘭(らん)を入(い)れたお風呂(ふろ)にはいる。これはすべて、身(み)のけがれを払(はら)うため。香(かお)りが高(たか)い菖蒲(しょうぶ)には、悪(わる)い霊(れい)を払(はら)う力(ちから)があるという。
  日本(にっぽん)でも、この日(ひ)は邪気(じゃき)を払(はら)う行事(ぎょうじ)の日(ひ)だった。が、鎌倉(かまくら)時代(じだい)、「菖蒲(しょうぶ)」が「尚武(しょうぶ)」(武士(ぶし)のおこないを重(おも)んじること)に通(つう)じるので、武士(ぶし)の間(あいだ)で盛(さか)んになり、男(おとこ)の子(こ)中心(ちゅうしん)の行事(ぎょうじ)になった。
  そして、室町(むろまち)時代(じだい)には「兜(かぶと)人形(にんぎょう)」が、江戸(えど)時代(じだい)には「鯉(こい)のぼり」が飾(かざ)られるようになった。
  中国(ちゅうごく)の古(ふる)い言(い)い伝(つた)えでは、鯉(こい)は竜門(りゅうもん)という急流(きゅうりゅう)をさかのぼり、竜(りゅう)になれるゆいいつの魚(さかな)。めでたい魚(さかな)なんだぞ。

くらやみ祭(まつ)り

 真夜中(まよなか)のまっくらやみの中(なか)で、明(あか)りをともさずにするお祭(まつ)り。
  まっくらやみの中(なか)をおみこしが渡(わた)る。その間(あいだ)、人々(ひとびと)は物音(ものおと)をたてず、静(しず)かにしていなければならない。
  だいたい、神(かみ)さまは夜(よる)、おとずれるものらしい。だから、あちこちのお祭(まつ)りでも前(まえ)の晩(ばん)は「宵宮(よいみや)」といって大切(たいせつ)な時間(じかん)とされている。
  府中(ふちゅう)の大国魂(おおくにたま)神社(じんじゃ)のくらやみ祭(まつ)りは、全国的(ぜんこくてき)に有名(ゆうめい)だよ。

七夕(たなばた)

  7月(がつ)7日(なのか)、中国(ちゅうごく)ではけん牛(ぎゅう)、織女(しょくじょ)の伝説(でんせつ)とともに女(おんな)の子(こ)が裁縫(さいほう)がうまくなるよう祈(いの)ったりする乞巧奠(きっこうてん)の行事(ぎょうじ)がある。
  この中国(ちゅうごく)の星(ほし)祭(まつ)りは、日本(にっぽん)にも伝(つた)えられ、貴族(きぞく)の間(あいだ)でおこなわれ、江戸(えど)幕府(ばくふ)が年中(ねんちゅう)行事(ぎょうじ)にとりあげて、みんなに広(ひろ)まった。土地(とち)によっては1月(ひとつき)遅(おく)れの8月(がつ)7日(なのか)にする。
  もともと、日本(にっぽん)にも棚機(たなばた)津女(つめ)の信仰(しんこう)があった。棚機(たなばた)津女(つめ)とは、棚(たな)をつくり、そこで機(はた)を織(お)る乙女(おとめ)が神(かみ)さまを待(ま)ち、お祭(まつ)りする。そして、みんなのけがれを払(はら)ってもらうというもの。これに中国(ちゅうごく)の行事(ぎょうじ)が合(あ)わさっていったらしい。「七夕」と書(か)いて「たなばた」というのは「棚機(たなばた)」の読(よ)みをあてたのだとか。
  笹(ささ)の飾(かざ)りを川(かわ)に流(なが)すのは、けがれを託(たく)すならわしのひとつ。また、畑(はたけ)に立(た)てて、虫(むし)よけのまじないにするとよい、ともいう。

お盆(ぼん)

  さっきも言(い)ったけど、正月(しょうがつ)と、このお盆(ぼん)の時期(じき)は、先祖(せんぞ)の霊(れい)がたずねてくる大切(たいせつ)な時期(じき)だ。
  お盆(ぼん)には先祖(せんぞ)を迎(むか)え、祭(まつ)るため、盆(ぼん)棚(だな)という祭壇(さいだん)を作(つく)り、位牌(いはい)とたくさんの供(そな)えものを並(なら)べる。そうめん、うどん、なす、きゅうり、すいか、ごはん…。
  迎(むか)え火・送(おく)り火(び)は先祖(せんぞ)の霊(れい)の通(とお)る道(みち)を明(あか)るくするためにたく。
  また、お寺(てら)の境内(けいだい)や広場(ひろば)で踊(おど)る盆(ぼん)踊(おど)りは、先祖(せんぞ)の霊(れい)をなぐさめるためのもの、という。

秋(あき)まつり

  9月(がつ)から11月(がつ)ごろ、おこなわれる収穫(しゅうかく)を感謝(かんしゃ)するお祭(まつ)り。この日(ひ)は神社(じんじゃ)で神(かみ)さまに初(はつ)ものなどたくさんの食(た)べ物(もの)を供(そな)え、みんなも食(た)べたり飲(の)んだりする。

かまど神(がみ)

  火(ひ)を使(つか)う「かまど」は、むかしむかしから家(いえ)の中心(ちゅうしん)だ。
  そこを守(まも)るのがかまど神(がみ)。西(にし)日本(にっぽん)では「荒神(こうじん)」、東(ひがし)日本(にっぽん)では「おかま様(さま)」とよばれることが多(おお)い。
  おかま様(さま)には子(こ)どもが36人(にん)いる。これは、おかま様(さま)が生産力(せいさんりょく)が強(つよ)く、実(みの)り豊(ゆた)かな神(かみ)さまだからだ。

亥(い)の子(こ)と十日夜(とうかんや)

  秋(あき)の収穫(しゅうかく)を祝(いわ)う行事(ぎょうじ)のひとつ。群馬(ぐんま)・埼玉(さいたま)・山梨(やまなし)・長野(ながの)など東(ひがし)日本(にっぽん)の一部(いちぶ)では「十日夜(とうかんや)」といい、旧暦(きゅうれき)10月(がつ)10日(か)におこなう。西(にし)日本(にっぽん)では多(おお)く10月(がつ)亥(い)の日(ひ)におこない、「亥(い)の子(こ)」という。
  子(こ)どもたちがワラで作(つく)った棒(ぼう)で地面(じめん)を叩(たた)いたり、丸(まる)い石(いし)にひもをつけて、みんなで地面(じめん)をついたり、土地(とち)によって、する事(こと)は少(すこ)しずつちがう。
  ぼたもちや五目(ごもく)ご飯(はん)、赤飯(せきはん)で、田(た)の神(かみ)さまである亥(い)の子(こ)の神(かみ)を祭(まつ)るのは同(おな)じ。
  関東(かんとう)から東北(とうほく)にかけて、この日(ひ)を「大根(だいこん)の年取(としと)り」ともよび、この日(ひ)まで大根(だいこん)を畑(はたけ)に置(お)くとよく実(みの)るという。

えびす(恵比須(えびす))講(こう

魚をかかえているのがえびすさん  えびす神(かみ)を祭(まつ)る行事(ぎょうじ)。家々(いえいえ)でえびす様(さま)の左膳(ひだりぜん)に魚(さかな)、ますにはお金(かね)を入(い)れて供(そな)える。
  えびすさまは七福神(しちふくじん)の中(なか)で大黒(だいこく)さまとならぶ福(ふく)の神(かみ)。商売(しょうばい)の神(かみ)さまでもあるし、豊作(ほうさく)をもたらす田(た)の神(かみ)でもある。
  「えびす」は漢字(かんじ)で「夷」「戎」とも書(か)く。これは自分(じぶん)たちとはちがう、海(うみ)のかなたや島(しま)に住(す)む者(もの)たちをさす言葉(ことば)でもある。むかしの人(ひと)たちは、はるか遠(とお)い地(ち)に福(ふく)をもたらす大(おお)きな力(ちから)を思(おも)ったのかな。

 

冬至(とうじ)

  この日(ひ)は太陽(たいよう)が1年(ねん)中(じゅう)でいちばん南(みなみ)にある。だから北半球(きたはんきゅう)では太陽(たいよう)の高度(こうど)がもっとも低(ひく)く、昼(ひる)は短(みじか)い。
  農作物(のうさくぶつ)に太陽(たいよう)のめぐみは欠(か)かせない。冬至(とうじ)のころは「これから再(ふたた)び盛(も)りかえす太(たいよう)陽」「新(あたら)しい太陽(たいよう)」のための祭(まつ)りをする。
  冬至(とうじ)にかぼちゃを食(た)べると中風(ちゅうぶう)にかからない、とか、ゆず湯(ゆ)にはいると風邪(かぜ)をひかないという言(い)い伝(つた)えは今(いま)でもきくね。

歳(とし)の市(いち)

  年末(ねんまつ)に立(た)つ市(いち)。年神(としがみ)祭(まつ)りの用具(ようぐ)や正月(しょうがつ)のお飾(かざ)り、海産物(かいさんぶつ)、着物(きもの)、雑貨(ざっか)を売(う)る。
  歳(とし)の市(いち)にはいろいろ不思議(ふしぎ)なことが起(お)こるようだ。親(おや)に似(に)た人(ひと)に出会(であ)うとか、山姥(やまんば)があらわれるとかあちこちにおもしろい言(い)い伝(つた)えがある。

大晦日(おおみそか)

  除夜の鐘大晦日(おおみそか)の晩(ばん)は「年(とし)の夜(よる)」。
  一晩中(ひとばんじゅう)起(お)きて、年神(としがみ)さまを待(ま)ち、神社(じんじゃ)などにこもるならわしがあった。
  この年(とし)、神社(じんじゃ)では年(とし)越(こ)しのおはらいがあり、寺(てら)では、除夜(じょや)の鐘(かね)が108回(かい)鳴(な)らされる。
  108つとは、人間(にんげん)の「悩(なや)みのもと」の数(かず)。
  鐘(かね)の音(ね)がそのひとつひとつを追(お)い払(はら)ってくれる。除夜(じょや)の鐘(かね)をつくのは、中国(ちゅうごく)の宋(そう)の時代(じだい)(960~1279年(ねん))に始(はじ)まった。
さあ、いよいよあしたはお年玉だ!

小平市に関すること
1.小平市内めぐり 2.小平れきし年表・小平の街道
4.探検!郷土資料室 5.みんなの町のなまえ
6.小平の鉄道の歴史 8.わたしたちの小学校
9.小平はじめて物語 10.戦争と小平
13.小平こだいらの道 14.小平歳時記
15.小平の新田 16.古い地名
19.公園に行こうよ! 26.小平のごちそう うどん
36.ぼくらの町の仕事(1)こだいらの農業 37.ぼくらの町の仕事(2)こだいらの商業
多摩に関すること
12.多摩戦国絵巻 18.多摩の絹の道 シルクロード
20.風雲!新選組 21.楽しい施設ガイド
25.東京のできるまで 27.神奈川県から東京府へ多摩移管百年うそ?ほんと?クイズ
29.多摩の芸能 32.八王子千人同心多摩をゆく
35.多摩の酒造 39.江戸時代の東京  文化文政(1800年代初め)の三多摩編
江戸・東京に関すること
23.幸運招来! 東京七福神めぐり 24.東京の水道
28.江戸をたのしむ 30.わたしのまちの木・花・鳥とシンボルマーク
38.江戸時代の東京  文化文政(1800年代初め)の特別区編 40.花の江戸城  Part1
41.花の江戸城  Part2  
玉川上水・小金井桜に関すること
3.玉川上水をしりたい 7.玉川上水とあそぼう!
17.満開!小金井桜 31.野火止用水をゆけば
その他
11.武蔵武士 22.コレラが町にやって来た
33.これが武蔵国だっ! 34.地震にそなえて

掲載日 令和7年8月1日